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その様を思い浮かべた柊の顔も釣られて、知らず知らずのうちに微笑んでいた。
出迎えて、とまで考えたところで柊はふと思いつく。
今度、陽光が帰って来た時に洋装で出迎えてやるのはどうだろうか?
きっと、――いや、必ずや驚くに違いない。
柊は信じて少しも疑わなかった。
そして、散ざん驚いた後にやはり陽光は、
「よく似合っている」
と、心の底から褒めてくれるのだろう。
そうと決めれば、決めてしまえば次は何を着るかを柊は延えんと考え始めた。
新しく誂えてみるのもいいかもしれない。
今度は今着ているのとは違った感じのにしてみよう――。
あれほど億劫で仕方がなかった仕立て屋でのやり取りが途端に楽しみになってくる。
自分でも不思議なくらいの変わり様だった。
全く現金なものだな、と柊は苦笑した。
しかし、柊は知らない。
まるっきり考えようともない。
陽光は、柊が何時何を着ていようとも「似合っている」と思っていることを。
心の底、本心からだった。
柊が陽光を驚かせる算段に夢中になっている間中も、特急列車はただひたすらに走り続ける。
柊を『銀柊荘』へと帰らせるために。
――そこで陽光の帰りを待ち、出迎えることが出来るように。
終
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