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陽光が葡萄の皮が奥歯に当たるのに違和感を覚えたのは、ほんの一瞬だった。
すかさず口の中にじんわりと広がる果汁の味が、それを塗りつぶした。
柊と同じく飲み下してから陽光は言った。
「本当だ。甘いな」
「そうだろう。そうだろう」と言うかの様に柊が二度うなずき、無言のままで陽光へと笑いかけてくる。
今、この瞬間も柊の口は舌は、葡萄の皮と果肉と果汁とに占拠されていた。
柊の《下の》口は昨夜、自身が滴らせたの如きローションの滑りと陽光が放った白い果汁とで満ちみちた。
後始末をした際に陽光の指をもぐっしょりと濡らした。
柊も又、皮ごと食べたらこんなにも甘かったのだろうか――。
たったの一粒しか食べていないというのに、葡萄の甘さは陽光の口の中へと居座り続けている。
いつまでも残るかの様な甘さにどっぷりと浸りながら、陽光は昨夜床の上へと落とされた柊の皮を思う。
それらは二種類、――和装と洋装とがあった。
どちらも同じくらい、柊にはよく似合っていた。
どんな皮をまとっていても、中身の柊は何一つ変わらないからだ。
そんな当たり前のことを陽光は改めて噛みしめてみる。
拍子に飲み込んだはずの葡萄の味が喉の奥から蘇ってきて、驚いた。
正直、うろたえまでした。
「茶を持ってくる」
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