昼は消えつつ物をこそ想え

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 柊にはもちろんのこと、バシッ!という音が陽光にまで聞こえてきそうなほどに勢いよく叩く。 正絹で仕立てられた羽織と着物との厚さ、――防御力などたかが知れている。  柊の細面があからさまに歪むのを認めた陽光はつい、今さっきまで座っていた席へと逆戻り(Uターン)した。 持って来るつもりだった茶、――柊と同じくストレートの紅茶(ブラックティー)のことは、もう既に飲み干してしまったかの様に頭の中から消えてなくなってしまった。  柊と同じ、四人掛けの座席へと着いた陽光のことを男は早々に気が付いた。 「ひぃ、もしかしてコイツがおまえとツインで泊まったヤツか?」 「・・・・・・」 「・・・・・・」  名前はおろか全く見知らぬ人間に、「コイツ」だの「ヤツ」だの呼ばわりをされている陽光は当然のことだった。 知り合いらしい柊すらも、そんな陽光の手前上故にか押し黙っている。  ややあって、柊がノロノロと口を開いた。 「――コウジさん、顧客情報の個人利用はどうかと思いますが」 「水臭いぞ!言ってくれればインペリアルスイートにしたのに」  「コウジ」はまるっきり柊の話を聞いていないようだった。 いや、聞くことはちゃんと聞いていた。 ただ、聞いているだけだった。  柊は努めて冷静に言った、つもりだった。 「ただ、だけですから」 「⁉」
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