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アリサの告白 2
「私たちきっとうまくいくわ」
続けてアリサはそう言った。
10円を返すために、いや、彼女の名前が知りたくて、もっと言えば、とにかく彼女に会いたくて。
銭湯の入口にあるベンチに座り、主張の強い三日月と一番星から『かっこいい男』について散々あれこれ言われたはずなのに、まったくその通りにできなかったあの日から、1か月半後のことだった。
「あら」と、ベンチに座っている僕を見下ろし、彼女は言った。
「これ」と、スリッパなら褒められるだろう、温まった10円玉を手のひらを広げて彼女に差し出した僕。
「髪が濡れてる」
彼女は10円のことは、存在を確認する程度に見やっただけで、検分するように腰を曲げて僕の横髪あたりをしげしげと見た。
「風邪ひきますよ?」
彼女の言葉を無視して「ポカリスエットは160円だったから」と言ってから、目線の先にある三日月が肩をすぼめて首を振っているのに気づいた。
「じゃなくて、いや、10円足りなかったのもあるけど……、えっと名前を」
言い終わらないうちに、彼女はくるりと背を向けてしまった。
ピシッと、割れた大地を飛び越えて、その背中に追従する勇敢な言葉は現れそうにない。瞬時に目線は自分の手のひらの10円玉に落ちた。
銅色に輝いていたお宝は、ただの金属になっていた。
彼女の帰り姿を見送るつもりで、僕はじっとしていた。――正直に言えば、動く気力がなくなっていた。
彼女は空を見上げているようだった。
ドライヤーで乾かしたばかりだからか、さらさらと風に流れた毛先が、襟足を撫でている。
彼女の頭上、高い場所から三日月が諭すように僕を見ていた。
『まずは自分の前を言う、それからお礼を言って10円を渡す、だろ?』
そうだった。今はもうどこにいるのかわからないけど、一番星からそう言われたんだ。
『ぐずぐずするなよ。お前はいつもタイミングが悪い』
キツイ言葉は三日月からだ。
「あのさ」
僕が声をかけると、同時に彼女が振り返り「ねえ」と言った。
「はい?」と僕。「なに?」と彼女。
僕らは合言葉を言い合った後みたいに、ちょっと笑った。
それから、盛大な僕のくしゃみで「もう帰りましょうか」と彼女が言い出すまで、ベンチに座りおしゃべりした。
もちろん再び僕の拳の中でほかほかになった10円玉は、彼女が開いた緑色の小銭入れの中に喜び勇んで入っていき、僕は彼女の名前がシマムラアリサだと知った。
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