彼女が選んだ道

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*  高梨が思い焦がれる存在を知ってから、それが絢香であると知ってから、美沙は絢香が怖くなっていた。  絢香は、高梨を思っていないと言ってはいるが、高梨は、絢香を思っている。   いつか絢香が高梨の思いを受け入れてしまうのではないか、そう思うと夜も眠れず、また高校に入ってから一番の親友である絢香をそんな風に疑う自分があさましく醜い存在に思えてならなかった。  美沙は、絢香との関係がギクシャクし始めていることを自覚していた。絢香は気づいていないのか、気づいているのに何も言わないのか、いつもどおり美沙に話しかけていた。  絢香がいつもどおりであるほどに美沙は胸が苦しく、まだ卒業まで一年もあるというのに、こんな思いを続けることを耐えられるとは思えなかった。  十二月の始め、空気の冷たい午後に美沙は、高梨にLINEを送った。 『18時に裏門で。一人で来てほしい』  冬の部活は17時に終わるため、18時にはほとんどの生徒が帰途に着くため、この時間に裏門に来る生徒など基本的にはいない。  誰もいない真っ暗な裏門に立ち、マフラーで口元を隠していると足音が美沙の耳に届いた。音の方向を見ると、背の高い細いシルエットが見えた。高梨だった。 「急に呼び出してごめん」 「いいよ。どうしたの?」  いつもと同じ声だった。いつもと同じ笑顔だった。ただし、相変わらず絢香に向ける笑顔ではなかった。  適当な言葉で言いつくろう場ではない、そう考えた美沙は何の前置きもなく、高梨に思いをぶつけた。 「好きなの」  そう告げた瞬間の高梨は表情を変えることはなかった。 「入学したときからずっと。高梨のことだけ見てきた。高梨がいるからバスケだって頑張れたし、一緒に帰ることのできる時間が本当に好きだった。この2年間話すうちにどんどん好きになっていった。もうこの気持ちに嘘はつけない」  美沙はいま思いつくすべての言葉をぶつけた。白い息が闇に消えていった。  高梨は左手を薄い唇に当てた。  何を考えているのか美沙にはわからなかった。肺の中まで冷たい空気が染みわたり、美沙が身を震わせた頃に、高梨は唇から手を離した。 「相木はいい奴だと思ってるし、話しやすいなって思ってるよ。でもさ」  「でもさ」という言葉の後を高梨は言わなかった。  しかし、その「でもさ」という三文字で美沙は高梨が言いあぐねている続きを理解した。  両耳をふさぎ美沙は首を大きく横に振った。  高梨が何かを言おうと唇を動かしたとき、美沙は身を翻し走り出した。  高梨の言おうとした言葉が美沙の耳に届くことはなかった。
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