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なんとはなしに手を動かしていると、すでに開店の準備はおおよそ完了していた。
修二さんはたまに夜に飲みに来てくれることもあるけど、チェックの時に時間があれば開店前にこっそり一杯奢ることにしている。サービスで植物の確認に来てくれるお礼ということにして。
修二さんのオーダーは決まってドライマティーニで、ヘミングウェイの小説と同じでジンとベルモットを15:1の割合でステアして、そのとろとろした透明な液体を逆さまになった円錐形のグラスにゆっくりそそいでオリーブを添える。
「和真さんは独立したりはしないんですか?」
「そのうちしたいとは思うんですが、ここのお店も気に入っていて」
修二さんは何故か僕を名前で呼ぶ。花屋さんは親しみが命ですよとか言ってたけど、修二さんと呼ぶ勇気はない。名前と一緒に思いが漏れてしまいそうだから。だから心の中だけで修二さんと呼ぶ。修二さん。
ライトのせいか緑色がかった修二さんの瞳がきらきら奇麗だ。ゆっくりグラスの縁を舐めるその柔らかそうな唇もなんだか目が離せなくなる。だからぼくは手元を見つめてロックアイスをピックで円形に削っている。
「その際は御用命くださいね」
「是非お願いします」
取り止めのない会話をして、最後に修二さんがキュッとグラスを干したらそれでお仕舞い。また次に会えますように。BARというものは一期一会があたりまえ。常連さんでもそのうち不意に姿を表さなくなるのもいつものこと。でも修二さんはまた来てくれる。この契約が続いている限り。
さて、それじゃ今日もユトリカを開けますか。新たなお客様と、それから取引のために。
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