第十五話 とってもいい日

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第十五話 とってもいい日

犯人はわかっていない。 それもクレストさんが見つからないからだ。 そして、とうとうこの日がやってきた。 僕は明日、ママがお産ということで、パパと午後からお休みをもらった、だからかな、なんだか今日はやけに忙しい。 「ニッキー、のど飴を持ってきてくれ」 「ハーイ」のど飴、のど飴。 引き出しを開けると、プンと蜂蜜とジンジャーの匂い、かりんの粒がじゃりっとするんだよね。フフフ、おいしそう、一個もらおうかな? 「先生、何個入りますか?」 「十個くれないか」 返事をして、紙の袋に飴玉を入れる。一個だけ別にしておいた。 この時期、季節の変わり目で体調を崩す人が多い。この飴は、お薬だけどおいしいからな。 ママと僕とで作ったんだ、落ち着いたら一緒に作るんだー。 「先生、お薬はよろしいですか?」 「そうだな、引き始めだから、葛根湯を準備してくれ」 「三日分ですか?」 「五日分にしてくれないか?」 かしこまりました。 戻って、飴を口に入れ、葛根湯の引き出しから、粉になったものを取り出し、はかりにかける。 五日分、それの三回分、十五! 四角い紙を用意して、半分に折ったものに、薬を乗せて秤にかけて行く、できたら、こぼれないように折りたたむ。 「チェックお願いします」 先生は、ぐっと親指を出した。やったー! 患者さんが帰った後、僕と先生は手を洗って、うがいをした。明日はママに風邪なんかうつさないように十分注意するんだよと言われているんだ。 「さて帰ろうか、お疲れさん」 「ダン先生さようなら」 さて、私も帰ろう。 「キルイージュ、ちょっと付き合えよ」 そう言ってきたのはザクトウェイ。 彼は化学が専門、だから彼から声をかけてもらったときは、古い友人のように話し込んだのを今でも覚えている、とてもいい友だ。 でもと言いかけたら。 子供が生まれたら出て歩けないぞと言われた。 まあ、それだけじゃないのは、周りの先生方も、あの事件以来、私に気を使ってくださっている。 行きませんかとさそわれ、断れなかった。 よく行く酒場は外まで笑い声であふれていた。 祭りが近いせいかな? そうかもな。 早く入りましょうと女性の先生に背中を押された。 この国の祭りは賑やかだ、前の国では教会に行くのさえ阻まれた。兵士はまるで憲兵のように人を調べ、人々の足は遠のいた。 人がいない祭りとは名ばかりだったから、この国の祭りのにぎやかさに、マリアと目を丸くしたものだ。 「来た来た、おーい、キュー太郎」 呼ばれた? すごいな、お前と言われた。 誰?そこには年老いた人たち。 行きましょう。 楽しそうと背中を押された。 数人講師で来られた先生方の姿、挨拶をしていると肩を叩かれた、アンジェリカ? 「聞いて驚け、こ奴が、スコットの忘れ形見、キュー太郎じゃ。明日には子供も生まれる、私たちの孫だよ!」 おーという歓声に、俺の肩や背中を叩く人たち。そして何とも言えない顔で私を見る人たち。皆、師匠の残してくれた大事な交友関係だという。 俺はそれに胸が熱くなった。 親指を上げるザクトウェイ。 ありがとうと叫んでいた。 さあ、飲め、飲めと酒を進められると、どこからともなく、乾杯の歌を歌い出す人たち。 その歌声は、大波となって、酒場から外に漏れだしていく。 いつしか知らない人たちと肩を組み歌い出していた。 私は本当にこの国へ来てよかったとつくづく思ったのだった。 そのころ僕は、帰ってこないパパの傘がアンジェリカ先生と飲みに行っているので、遅くなります、夕ご飯はすまないが一人で食べてくださいと書かれた手紙を持ってきた。 もう、と口を尖らせ。自分の分だけ支度をした。 もちろんラウルの分も。 「これだけ?」 「そうだよ、文句言うなよな」 「もうちょっと食べたいなー」 何もないよ、ごちそうさま。 「なあ、なんかない?パンがゆじゃ足りないよ」 んー、といって、僕は先に洗いものと今食べたお皿を洗いながら考えた。 秋の味覚はまだ取りに行ってないんだよな。 「あー、行くなって言われてるもんなー」 行けるもん。 行くなよ、迷っても知らないからな。 わかってるよ。 手を拭いて、棚の中を覗いた。 季節で作るジャムはほとんど空に近い。干した果物は僕たちのおやつだけど、ないなー。 あ、あった。 なに?なに? アプリコットの干したもの。 「おー、クレ、それとミルクだ!」 贅沢だな。 デザートだ、いいだろうが。 「あー、ミルク明日の分がない」 すると返事がない。 ラウル? いつの間にか窓辺から外を見ている。 「ラウル?」 こっちを見た。 僕の前にあったアプリコットをはぐっと口にくわえると走りだした。 「うわー。何してんだよー」 ドアの下にある小さなドアはラウル専用、そのドアをくぐっていった。 「おい、ラウル、どこ行くんだよ!」 振り返りもしないで一目散に外へ出た。 やっと僕も玄関のドアを開けた時だった。 「なーんだ、彼女かよ」 僕はドアを閉めた。 庭先のベンチの上にいたのは、いつもくるグレーの毛並みのきれいな子。 アプリコットを差し出すラウル。 戻って来て窓から見たのは、おいしそうに二匹でそれを食べる姿だった。 僕は、片付けをして、先にベッドに入ったのだった。
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