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気がつくと病院の白い天井が見えた。
ちょうど麻酔が切れたところなんだろう、全身が痛くて仕方ない。
どうやらはねられてアスファルトに打ちつけたらしい。鏡がないので、状況が判断できないが、たぶんミイラ男のような姿になっているんだろう。
幸い足に痛みがないので、思ったより軽傷のようだ。
ベッドの隣に心配そうな妻の顔があった。
入院の手続きを済ましてきたところなのか、A4の茶封筒を抱えている。
ああ、面目ない。
右腕の思いがけない言葉で怒りに我を失い、とんでもないことになってしまった。
どう詫びればいいのかわからない。
それでもおれは、なんとか「すまない、また心配をかけてしまったね」と、かすれ声をあげた。
それで精いっぱいだ。
本当は頭を下げたかったが、首もやられたらしくギブスがはめられていた。
ところが意外なことにちっとも彼女は声を荒げたりしなかった。
「だから言ったでしょう! 会社をクビになったらどうすんの!」なんて、チクリと責めてやりたいだろうに、それもなし。
つくづく、妻の心の大きさを思い知り、先ほどのおれの行動が恥ずかしい。
委縮していると、彼女は左手にペンを握らせた。
「あなた、もし、悪いことをしたと思うなら、これにサインしてちょうだい」
(まさか離婚届!)と、背筋が震えたが、そうじゃなかった。
彼女が茶封筒から出したのはクローンの培養承諾書だ。
妻は声をはずませて、おれにこう言った。
「わたしたち、また男の子を授かるのよ、それも今度は双子よ!」
「え?」
その意味を察するのに、数秒が必要だった。
了
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