未来をさがして

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 これでもオリンピック選手として将来を期待された時期もあった。スポーツ界から追われたのは、べつに不摂生や、賭博や女性にだらしなかったせいじゃない。これは神に誓って違う。こうなったのは不可抗力なんだ。テニスの練習から帰宅する途中、酔っ払い運転のスポーツカーにはねられて、利き腕を切断するという大けがを負ってしまった。  もう二度とラケットは持てない。    あれから二十年、今じゃアラフォーの清掃員だ。  子どもの頃からスポーツの世界しか知らなかったから、いったんそこから離れると、スポーツ選手というのは潰しがきかなくなってしまう。  コーチの稼ぎだけじゃ追いつかなくなり、ほんの片手間のつもりではじめた清掃員の仕事が家業になるとは、人生なんてわからないものだ。  パラリンピックという手段もあったが、ショックが大きすぎて、メンタルはボロボロだった。  たとえ金メダルに挑戦しても、武器の『黄金の右腕』を奪われて、どう戦えばいいのかわからない。選手としては期待外れで終わっていただろう。  そんなおれの最後の望みは切断された腕だった。  実は優秀なスポーツ選手の記録がある国民は、不慮の事故に遭った場合、失った箇所のクローンの培養が許されている。  迷わず、切断した右腕に夢を託した。  (テニスの世界で苦楽を共にした右腕だ。必ず一流の選手に成長してくれるに違いない!)  おれはそれを楽しみに昼も夜もがむしゃらに働いた。  人生のすべてを右腕に賭けたんだ。  それなのに、あいつは高校を卒業する頃になると「テニスはもう嫌だ! 将来、自動車のエンジニアになりたいんだ! 大学も技術大学を目指すつもりさ!」と、ぬかしやがる。  とんだ裏切りじゃないか、黙々と働いてきたおれの立場はどうなる! 冗談じゃないぞ!  「ふざけんな! 絶対に認めんぞ!」と、叫んだら、奴は、「もう、あんたの右腕じゃない!」と、言い返しやがった。  おまけに「こんな家は出て行ってやる! おれは自分の人生を歩くんだ!」と、告げてトランクを片手に玄関へ歩いていくじゃないか。  制御不能な機械を見ているような気分だった。
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