幸せの価値観

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翌日、産婦人科へ連絡しようとスマホを持つと、彼から電話が入った。中絶は内緒なので、少し後ろめたい気持ちで電話に出る。 「もしもし?」 「恵美さんごめん……大変な事になった……」 暗いトーンで謝る渡辺さん。私は交通事故でもしたのかと不安になりながら聞く。 「どうしたの?」 「違約金として500万円払えって……」 「ど、どういう事?! 何の違約金?」 「俺、バイト感覚で『精子バンク』に登録してたんだ。収入はまだ無いんだけど、細かいルールは読んでなかったから……」 「何の違反なの?」 「整形らしいんだ」 整形? 私は(あき)れて物が言えなくなった。そんなの約款(やっかん)を読まなくてもダメに決まってる。イケメンの写真を見て遺伝子を購入したのに、それが整形だったら違約金を払えってなるのは当然だ。そもそも、渡辺さんて整形だったの? 整形がダメとは言わないけど、(だま)された気分になった。 「いや、整形って言っても歯の矯正なんだけどね」 「えっ? 歯の矯正だけ?! そんなの聞かれなかった?」 「聞かれたかも知れないけど、難しい話は入ってこないんだよ」 歯の矯正は難しくないだろ、と少しイライラしてきたけど、確かに、彼は難しい話という空気を感じると、意識が他に行ってしまう節がある。 「それで……お金あるの?」 「そんな大金……借金しないと……」 「バカね。500万円なんて大金どこも貸してくれないわよ!」 「じゃあ、どうしたら……」 「私が出すわ」 「えっ?」 「しょうがないでしょ。借金している人と結婚なんて出来ないもの」 「ありがとう」 「じゃあ、今からお金下ろしてくるから、家で待ってて」 「分かった」 私は電話を切り、歩いて ATM へ向かう。 お金なんか無くったって、学歴なんか無くったって、性格が良ければやっていけると思っていたけど、こんな契約違反で500万円も払うような事が今後もあると、さすがにやっていけない。詐欺に引っ掛かったりする可能性だってある。えっ?! 私は詐欺という言葉に恐ろしい考えが頭を(よぎ)って立ち止まった。ドクドクと鼓動が速くなる。イケメンの婚約者が急に500万円必要だと言っている。これは冷静に考えれば結婚詐欺だ。渡辺さんがそんな事をするとは思えないけど、詐欺にあう人は皆、口を揃えてそう言う。 私は、彼の事をバカにしていたけど、自分の方が騙されている可能性もあると気付き、目の前が真っ暗になった。どうすれば良いんだろう? 警察? いや、まだ結婚詐欺だと決まった訳じゃない。しかも、私は既に恋してしまっている。お金を取られない範囲で彼を信じたい。 私はお金を下ろすのをやめ、車に乗り込みカーナビへ住所を打ち込むと、彼の家へ向かう。 彼の家に着くと、私が来た事を感じ取ったのか、彼がちょうど玄関から出てきた。 「恵美さん、ありがとう」 「行きましょう」 「ん? お金は?」 「お金は持ってきてないわ」 「えっ?!」 気のせいかも知れないけど、彼は不満そうな顔をした。 「私もついて行くわ。金宮の『精子バンク』よね?」 「あ、うん……」
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