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一緒に暮らし始めたのは、けーちゃんの家が職場から近く、部屋が余っていたからだった。
「おいでよ」
と、ちょっとお茶を飲むような軽さで誘われ、安易に頷くと次の週には彼の手配によって荷物はもう運び込まれていた。
暮らし始めた頃は、些細な生活習慣の違いで喧嘩をした。
例えば、けーちゃんは夜になると全部の部屋の電気をつける。使っていない部屋も、トイレも、風呂場も、クローゼットも、通るだけの廊下も。暗い部屋が怖いなんて子供みたいだと思うし、電気代が勿体ないと言うと、お化けが出るかもしれないと真剣に怯えた。大の大人の男のひとが本気で言うので、その習慣はしぶしぶ譲った。
「けーちゃん、電気消していい?」
ユーレイになったのだから、習慣は見直しが必要だと提案したが、彼は頑なに譲らない。
「ユーレイになっても怖いものは怖いんだよ、寝るまではダメ」
「……もう死んでるのに?」
「しろちゃん、もっとオブラートに包もうよ」
「分かった、努力する。……けーちゃんはユーレイなので、何か出てもお互い様だと思います」
「包めてないなぁ」
「……じゃなくて、怖がるのは私じゃない? 死んだ恋人が戻ってきたらホラーだよ」
寝室の枕灯りがほのかに灯る。横でベッドに入っている彼は薄いオレンジに透けている。うつらうつらした瞼がゆっくりと閉じていく。ホラーはほど遠く、ほっこりしてしまう。彼は普通に眠たくなるらしい。
「……ユーレイってもっと怨念っていうか、恨みがましいっていうか、恐怖と絶望の象徴みたいに血みどろになって、うらめしや〜、じゃないの」
「……そうだねぇ。思ってたのと違ったねぇ」
「だいぶね」
呑気な口調に、隣にいる人がユーレイであることを忘れそうになる。気を抜くとすぐにけーちゃんのペースに持っていかれるため危険だ。
「眠たいから寝るね」
ポルターガイストのような、ブレーカーがバチン、と落ちる音と共に電気が消えた。
「……この方法で電気を消さないで欲しいなぁ」
文句まじりで言うと、
「結婚してくれたら、……やめられると思うなぁ」
と、暗やみから返事。
でも、承諾すると消えてしまうんじゃないの?
だから、一緒に居るために、結婚はしない。最高の矛盾、いや不毛かな。
ふたりの関係を結婚と呼ぶより、この寝息を聴く方が、彼と繋がっている、と思えるから。
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