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けーちゃんが亡くなったという知らせを受けたとき、ひどい冗談だ、と思った。それは衝撃的な事実から逃避してそう思った訳ではなく、実際に彼が隣に居たからだ。
警察を名乗り、悪質な電話を掛けてくるものだと憤慨していると、縁起でもないよねぇ、とけーちゃんは口にした。
「あ、でも」
「何?」
「……買ってきたはずの物がない」
先ほどまで買い物に出かけていた彼は手ぶらで帰ってきた。
土曜はいつも一緒に買い物に行く予定だったけれど、起きた時点で彼の姿は部屋になかった。メッセージを送ると、買い物して帰るから楽しみに待ってて、と返信があった。2時間以上経って、彼は帰ってきた。
「何を買ったの?」
「えーっと?」
困惑した表情に動揺が伝わってくる。
「……何だったっけ?」
もう一度スマホが震え、電話をとると再び警察からだった。
またかかってきたよ、と彼の服を持とうとすると手が空をかすめた。まさか、とよくよく警察の話を聴くと、一気に電話の向こうが現実味を帯びてきた。目の前のけーちゃんが虚ろになり、足が透けていく。腰を抜かしそうになると、彼は洗面所に走った。もちろん足音はしなかった。
「ぎゃあああ、鏡に映らないぃぃぃ」
叫び声が間抜けで、途端に悲しんで良いのか、笑っていいのか感情が迷子になった。
「けーちゃん、叫び声が近所迷惑だよ」
実際は私にしか聞こえない声だったのだけれど、その時はまだ何がなんだかわからなかった。電話で言われるがまま病院に行った。けーちゃんが乗っていた路線バスが事故を起こし、頭を強く打ったことが原因で死に至ったという。医者の説明の後、変わり果てたけーちゃんの姿を、地方から出てきた彼の両親と確認した。彼らが悲しむ姿を見て、憑いて来たけーちゃんは泣くに泣けない悲痛な面持ちをしていた。
葬式が終わっても、けーちゃんはユーレイのまま、私の傍に居た。
「……しろちゃん、とりあえず一緒に居ていいかな」
「当たり前だよ」
蒼空に吸い込まれてゆく火葬場の煙を見ながら、触れることのできないけーちゃんの手を握った。
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