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私は『結城』と表札が出ている扉を、鞄から出した鍵で開けた。
中へ入り、玄関でヒールを脱ぐ。足もくたくただ。靴を揃えてすぐ脇のシューズボックスに入れようとしたとき、すでに黒い革靴がそこに置かれていることに気付いた。
「えっ……?」
ーーーそんな、バカな。これは目の錯覚?
だって、彼は……。
「おかえり」
唐突に、後ろから抱き締められた。
「ーーー!」
暖かく、優しく、愛おしそうに……。
「……な……なん、で……」
『結城さん』が、今ここに……?
「なんで?酷いな、忘れちゃったの?
ーーー今日は俺たちの《結婚記念日》、でしょ?」
「……ーーー!!」
彼は忘れてなかった。
私たちの大切な結婚記念日。
一年前のあの日、私たちは入籍して晴れて夫婦になったのだ。
冴えない私を好きだと言ってくれて、大切に大切にお付き合いをしてくれて。
毎日欠かさず気持ちを伝えてくれて、誰よりも幸せにすると誓ってくれた。
こんなに素敵な人が私の旦那様になるなんてーーー幸せすぎてくらくらした。
大好きで仕方なくて、怖かった。
今が幸せの絶頂なんじゃないかって。こんな私にいつか愛想を尽かして、すぐに別の人を好きになってしまうんじゃないかって。
何より、私と結城さんが釣り合うわけないって、ずっと思っていた。
だから、会社でも旧姓を使って周りの人には結婚を隠していたし、指輪だって外していた。特別な今日だけは付けていたけれど絆創膏で隠していた。
それなのに……。
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