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そんな彼が、今私の目の前にいる。十二時半、お昼休み。四階の社員食堂に持参のお弁当を持って行こうと階段を登り始めてすぐ、後ろから防災扉を開けて追いかけてくる足音が私に近付いてきた。
「紺野さん。お昼ご飯一緒にどう?」
彼だ。
結城さん、だ。
ライトブルーのワイシャツにダークグレーのスラックス。六月からクールビズのためネクタイはつけていない。
「いえ、遠慮します」
キッパリと断ると、結城さんの魅惑的な瞳が揺れた。スッキリとした二重だけれど笑うと人懐こい表情になる。シャープな顔のラインは横顔も素敵で、嫌味のない爽やかな髪型がよく似合う。
「昨日も言いましたけど、結城さん、奥様がいらっしゃるんですから……社内で他の女性にこんな風に毎日声をかけて、誰かに勘違いされたらどうするんですか?」
「それは、誰かに見られてしまったとしたら、だよね……?」
既婚者であることを口にしても結城さんは怯まない。それどころか余裕の表情でにじり寄ってくる。
後退りして背中が壁にぶつかると、結城さんの左手が私の顔のすぐ横に伸びてきて、いわゆる『壁ドン』状態を余儀なくされる。
「俺は紺野さんとならどんな噂になっても良いよ。前からそう言ってるのに。いい加減観念したらどう?」
息がかかりそうな距離にその完璧な顔が近付き、私は思わず横を向いた。
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