休日

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休日

「おい!誠!稽古に参加しなさい!!」誠の母親の声が響く。 「今日は約束があるんだ!」そう言い残すと誠は家を飛び出した。誠の家は日本舞踊の家元である。しかし、根っからの稽古嫌いで何かしら理由を付けてはサボりがちであった。  正直言うと今日も特に約束があった訳では無いが、練習を休む為に適当に言ったまでであった。 「ああ……」誠は頭の後ろに腕組をすると大きな欠伸をした。  夏の陽射しが強くて首筋に汗が流れ落ちる。誠はポケットからハンカチを取り出すとそれを拭った。 「こら!唯!!練習をサボるな!!」急に年配の男性の声が聞こえる。なんだか聞いた事のある名前だと思いながら、声のする方向を見るとフレアのミニスカートを履いた女の子が走ってくる。 「あっ、乙女塚さん?」それは、先日同じクラスに転校してきた女子であった。席が隣なのでさすがに転校生も誠の顔を覚えているようであった。唯の後ろから、白い道着を羽織った老人が追いかけてきている。彼女は誠の背中に隠れる。 「君はなんだ!」老人が誠の顔を品定めでもするように睨み付ける。 「えっ、僕は……」意味が解らず返答を躊躇する。 「私のクラスメイトよ!」唯が隠れながら説明する。 「クラスメイトだと……、まさか彼氏だとか言うんじゃないだろうな!?」老人は誠の胸ぐらを掴もうとする。彼はそれを半身でかわす。 「一体なんなんですか!?僕は彼氏なんかじゃありません!」誠はキッパリと否定する。 「唯!」老人は、唯に確認する。彼女は誠の背中に隠れながらコクリと頷いた。 「……すまん。てっきり……、男でも出来たのかと思って……」話を聞くとこの老人は唯の祖父であり、早乙女流という空手道場の館長だそうだ。彼女らこの道場を継ぐように幼い頃から練習をさせられているらしい。 「おお、そうだ。男山君、君は空手には興味はないかい?」老人は突然勧誘を始める。 「い、いいえ、僕は……結構です」誠は両手を振りながら辞退した。 「そうかね……、残念だ。最近、生徒が少なくてね……」老人は寂しそうに下を向いた。 「ねえ、行きましょう……」唯が小さな声で誠に呟く。 「えっ、でも……」誠は躊躇する。 「いいから!」唯は誠と手を繋ぐと走り出した。誠もされるままに、一緒に着いていく形となった。 「あっ……」意表を突かれたのか、老人は二人の姿を見送る形となった。 「はあ、はあ……」二人は公園に駆け込んだ。 「大丈夫なのかい?おじいさん」誠は息を整えながら聞いた。 「平気よ。ごめんなさい、貴方を巻き込んでしまって……」唯は近くにあった自動販売機でコーラを二本購入すると、誠に一本差し出した。 「あ、ありがとう」それを受け取るとベンチに腰かけて、ため息をついた。 「お爺ちゃんは、私に彼氏が出来ると怒るのよ。私、男の子に興味なんてないのに……」彼女は頬に先ほどのコーラの缶を当てて体温を調整している。 「ふーん、そうなんだ。硬い家なんだな」誠は空を見上げながら返答する。今日は雲の無い快晴である。 「貴方、私と普通に話をしてくれるのね?」唯は唐突にその言葉を口にする。その意味が誠には解らなかった。 「どういう事?」 「なんだか、クラスのみんなは他所他所しいというか、男子も女子も距離を置かれてるっていうか……」唯は少し寂しそうに呟く。それを聞いて、誠はきっと、唯が綺麗なので皆が高嶺の花のように扱っているからなのだろうと思った。クラスの雰囲気を見ても、決して彼女の事を嫌っているという感じでは無かった。 「そんな、気にする必要ないんじゃないの。みんな君と友達になりたいんだけど、声をかけ難いだけだと思うよ」受け取ったコーラを誠は喉に流し込んだ。 「えっ?そ、そうかな……」唯は照れながら下を向いた。
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