太 秦

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太 秦

「はやく、こっちよ」唯は大きな声で誠を呼ぶ。二人は、京都の映画撮影所に来ていた。この場所をデートに選んだのは唯であった。 「ここへ来るのは初めてだな」誠は珍しそうに周りを見回した。まるで時代劇の世界に飛び込んだような感じであった。 「ねえ、どうせならあれやらない?」唯は遠くを指さした。その先には『衣装貸します』と書かれた看板があった。 「えっ?」誠には唯の言葉の意味が理解出来なかった。 「私はお姫様にしようかな・・・・・・・、誠君は何にする?」唯は誠の腕を掴むとグイグイと引っ張っていく。唐突に名前を呼ばれた誠は少し頬を赤くしている。 「ちょっと待って!俺やるって言ってないのに!」唯の手を振り払おうとしたが、思いのほか強くてそのまま、衣装の並べられた家の中に強引に連れ込まれた。 「あっ、これ女忍者もいいかも!?どう!どう思う誠君!」なんだか猛烈にテンションが上がっているようであった。赤い忍者の衣装を胸元に当てて乾燥を聞く。 「ああ、いいんじゃないの」そっけない返答であった。 「もう、誠君もちゃんと着替えてよ!」唯はそう言い残すと数点の衣装を持って更衣室の方に移動していった。着付けは普通は店の人がしてくれるのだが、彼女は自分で出来ると言って丁寧に辞退した。 「うーん・・・・・・・」誠は腕組をして並べられた衣装を見つめてため息をついた。 ★ 「よくお似合いです」着付けの手伝いをする従業員が嬉しそうに微笑む。彼女達の前には、侍の姿をした誠がいた。ただ、衣装を着替えるだけなのかと思えば顔に動乱を塗られて、まるで役者にでもなった感じであった。その凛々しさに誠を着つけた女性達もウットリとするほどであった。ちょんまげ姿の自分の顔を見て苦笑いした。 「お待たせ」更衣室の方から声がした。振り返ると美しいお姫様の姿をした唯が姿を見せた。その姿を見て、皆は驚きの声を上げる。彼女の姿はどう見ても、女優のようであった。 「ふーん、馬子にも衣装だな」誠はポツリと呟く。 「なにか言った?」聞こえない位の小さな声で呟いたつもりであったが、彼女には聞こえていたらしい。 「別に・・・・・・・」誠は誤魔化すように口笛を吹いた。
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