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最終話 無敵な二人
昨年の正月明けは、お休みをもらってバリ島へと旅立った。あの時は佐山と一緒に過ごす初めての海外、しかもほとんど遊びだから、嬉しくて嬉しくて天にも昇れるくらいふわふわしてた。
だけど今日、その時の興奮とは明らかに違う。緊張と期待による高揚感で血流が忙しなく体内を駆け回ってる。僕らはいよいよLAへ向かうんだ。
「私も春までには渡米しますから。佐山君、忘れ物ないかい? パスポートとビザ、持ってるよね」
「あ、それは倫に任せてるんで大丈夫です」
空港には、水口さんが見送りに来てくれた。相変わらず、佐山のことを半人前扱いしてる。いつものようにスーツをビシッと決め、ストレートヘアをさっとかき上げた。
「水口さん、色々ありがとうございました。何かあったら連絡しますから、よろしくお願いしますね」
「市原さんのことだから心配はしてませんが、週一くらいはミーティングしましょう。私から連絡しますよ」
「はい、了解です。助かります」
僕が応えてすぐ、水口さんが佐山と僕にハグをした。こんなふうに感情を表すのは彼にしては珍しい。僕も佐山も一瞬、唖然とした。
「君たちがウチの事務所を選んでくれて本当に良かった。実力は申し分ないと思っていたけど、ここまでは私も想像していなかったよ。
向こうでの活躍、期待しているし信じている。がっつりサポートさせてもらうから、安心して暴れてきてください」
鼻の頭あたりがつんとして、不覚にも涙が出そうになった。いつも冷静な水口さんが、頬をやや紅潮させている。あの涼やかな瞳も潤んで見えるのは気のせいじゃないよね。
「この事務所を選んで良かった。今までも思ってたけど、まさに今、俺は猛烈に感じてる」
「僕もです……。水口さんが担当で良かった」
今生の別れでもあるまいし、なんだか湿っぽくなってきた。水口さんもそれを察したか、最後はわざと大声で『行ってらっしゃい』と僕らの肩を叩き、笑顔で送り出してくれた。
映画会社が準備したチケットは言わずもがなビジネスクラス。水平飛行に落ち着くころには、僕らはゆったりとシートに身を沈めていた。
「なあ、今度は何時間乗るんだ?」
「ああ、十三時間くらいかな? バリのおよそ倍だからなあ。ほら、映画のメニュー、おまえの観たいのもあるだろう」
機内食も豪華だし、お酒や軽食もリクエストできる。エコノミーにいるよりずっと快適だけど、退屈から免れるのは難しそうだ。
「十三時間か。じゃあ、二回はしないとな」
二回って、何をだよ。まあ、ナニなんだろうけど。
「飛行機は、そういうことする場所じゃない。大人しく寝てろよ」
「本心じゃないくせに」
「し、失礼な。本心だよっ」
今のところは。今は明るい機内だけど、そのうちに消灯されて、あいつに迫られたりしたら……自信がない。
しかもこのビジネス、プライバシー確保のためシールドを閉じられるタイプなんだよ。
「ふううん。まあいいや。とにかく、これから俺たちの大冒険が始まるな。俺、自分でも信じられないくらい興奮してる。武者震いってのかな」
あいつの双眸がキラキラと輝いている。黒目勝ちな瞳がより一層大きく見えるよ。
「佐山……。うん、わかるよ。不安もあるけど、それよりもワクワク感の方が大きくて。おまえと一緒なら、どんなことでも出来る。そう思えるんだ」
「もちろん……なんでもできるさ」
「え……おい、まだはや……」
小さな窓の向こうは青空と白い雲が見渡す限り続いている。太陽は反対側にあるけど、間違いなく真昼間だ。あいつは早々と左手でシールドを閉じた。
「いいの。何でも出来るんだから」
僕のシートに体を捩じり込ませ、あいつは顎に手をかける。間髪入れず、少し厚めの唇が降りてきた。
――――んっ……。
僕の脳内が、条件反射のように痺れていく。お決まりの舌が攻めてきたら、緊張していた体も脳も不思議にほぐれてしまう。僕はもらっていたブランケットを手繰り寄せ、頭まで潜る。
「倫……好きだよ。あんたがいれば、俺は無敵になれるんだ。一生離さない……」
おまえの甘い声と言葉に僕はまた溺れていく。どんな未来が待っていようと、おまえといれば大丈夫って思えるんだ。
「わかってる……僕も離れない。こんなにも、おまえが好きなんだから……」
あいつの抱く腕が、僕の背中にくっきりと熱を与える。ブランケットの中で蠢く僕らはいつものように幸せな恋人同士だ。それはたとえ、地球の裏側でも、宇宙の果てでも変わることはない。
完結
―――♡♡♡―――
応援ありがとうございました。
まだどこかでお会いできたらと思います。
スター特典はもう少し書くつもりですのでお楽しみに💖
2021.11.11
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