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第3話 料理研究家
『次は玉ねぎを炒めますよ。しんなりきつね色。狐ってどんな色してるんだろ。あ、こんな色になったら火を止めて下さいね』
スタンドに立てたモバイルから、男性にしては少し高めの声が聞こえてくる。僕はそれに従いフライパンを揺すった。
――――うん、こんな感じかな。
ネットには数多のレシピがあるけれど、僕は最近、彼のレシピを愛用している。男性料理研究家の城山先生。
若くてイケメンだから人気がある。でもそれだけじゃなくて、『簡単美味しい』レシピを紹介してくれてる。初心者にはありがたいよ。
「誰の声かと思ったらネットか」
佐山が作業部屋から出てきた。レコーディングに向け、自作の曲をチェックしてるんだ。
「うん。僕の料理の腕が上がったのは彼のお陰だよ」
「確かにレパートリー激増したよな。全部美味しいし」
おまえは僕の料理の採点甘すぎるから参考にならないけど、いつもうまそうに完食してくれるから嬉しいよ。
「料理もいいけど、こっちのが美味そうだ。裸にエプロン見たいなぁ」
僕の後ろにやって来て、例のごとくバックハグする佐山。これもデフォルトだ。
「レコ大獲ったらって言っただろう。もう、また邪魔する」
以前佐山から『裸にエプロンで料理して』という、あまりにもベタなリクエストがあった。僕は呆れたけど、交換条件を出したんだ。
「今度のアルバムで賞を獲ればやるよ」
「うむー。まあ、頑張ってみるよ」
そう言いながらも、佐山は僕の後ろで耳たぶにキスしたり、股間に手を持ってきたりと忙しい。
実は昨年、提供した曲がレコ大の作曲賞にノミネートされて、危うく裸にエプロン姿、なりかけたんだ。その人はメジャーなシンガーだからこそだけど、佐山自身、手応え感じたんじゃないかな。
今年もいくつか提供した曲が話題になってる。意外に年末、コスプレしてるかも。汗
「えっ? この人が料理の先生?」
僕の体をまさぐる手が止まったと思ったら、あいつはモバイルの画面を凝視している。
「あ、ああ。料理研究家の城山先生だよ」
「ふうん……。イケメンだな」
言いながら、僕の体から離れて画面を食い入るように見ている。
「お、おまえ、なんだよ! その先生に興味あるのかよっ。タイプってわけか?」
僕はなんだか腹が立ってきた。いつもは邪魔ばかりするくせに、自分のタイプが出てきたら放置かよ!
佐山の思わぬ振舞いに、僕は思いっきり難癖を付けた。
「えっ!? ご、誤解だっ。タイプかもしんないけど、俺にはあんただけだ」
……タイプなんじゃないか。
佐山は慌てて僕を正面向かせて抱きしめる。キスをしようとしたから手で口を塞いでやった。
「やだ」
「もごっ。倫~、あんまりだ」
その手を掴んで佐山が抗議する。でも、あいつにキスされると、僕は何もかも許してしまうから防がないと。僕だってたまには怒る時もある。
「あのな。あの先生、ゲイだなーって思っただけだよ。ホントに」
え? なんか思ったのと違う応えが。そうなのかな。
「なんでわかるんだよ」
「わかるさ。多分、彼氏もいるよ。幸せオーラ出てるし」
それは営業スマイルだろうけど。でも、なんだか興味が別のところへいってしまった。
「あっ、んんっ!」
油断してたら、あいつのキスが襲ってきた。壁に押しやり動けなくすると、右手で顎を掴み僕の唇を貪る。
「ん……あっ」
息もつかせてくれない。動画はいつの間にか終わって無音になる。僕らの息遣いだけが耳の中で反響した。
「俺はあんただけだ。わかってるくせに」
わかってるけど。あ、こら。あいつの手が器用に僕の服を脱がす。同時に僕の下腹部にあいつの硬直したものを押し付けてくる。正直な体はどうしようもなくそれを欲しがって……。
「でも、ヤキモチ妬くあんたも、そそられてたまんねえ」
デコルテに唇を這わしながら、佐山は吐露する。その愛撫に僕は結局降参してしまうんだ。
相変わらず、僕はあいつの手のひらで踊ってるみたいだ。
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