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森に入ることになった顛末を話すと、同情するように老人は頷いた。
「でも、入ったことはごめんなさい」
「いやいや別に罰とかはないよ。ただこの森は道がほとんどないし危険な動物もいるから、子供達を守るために立ち入り禁止にしたのさ。それにしても、良くここまで来れたね」
「それはおじいちゃんの鈴が鳴ったから」
「ん?ワシは鈴なんか付けておらんぞ?」
「あれ?ほんとだ。でも鈴の音が聴こえたんです。あと声が聴こえて、その方へ進んだらここまで来れました」
すると老人は考え込むような仕草をとると、思い出したように私にその正体を教えた。
「それはね、御神標様に誘われたんだよ」
「おみしべさま?」
「森を歩く旅人が迷わないように森の神様が鈴を鳴らして道を示した、古い言い伝えさ。そんな昔話、今じゃほとんど知られてないけどね」
「そうなんだ」
「そしてこの森はこの町の人々の帰る場所とも言われていてね、死んだらみんなこの森へ帰るそうだ。死者が迷わず道を探せるように鈴を鳴らしているとも言われているよ」
そんな神秘的な言い伝えがこの森にあるとは知らなかった。ただの怖い森と思っていたが、老人の話を聞くと何だかこの森が少し明るく見えてきた。
「おみしべさまって優しいんですね」
「あぁ、そうさ。ところで、千円札をなくしたって言ったね?」
「は、はい」
それを聞いた老人は笑みを浮かべながら祠の扉を開けた。
「あ、バチが当たるんじゃ?」
「いいや、見てごらん?」
恐るおそる祠の中を覗いてみると、中には小さな石像とその目の前に千円札が置いてあった。
「あれ?これ私の?」
思わず息を呑んだ。その千円札を手に取ると、折れ曲がった形とか、シワの形とかがそっくりだったのだ。間違いなく、探していた千円札だ。
「御神標様は森でなくしたものを集めてくれる優しい神様なんだ」
道も見つけ、千円札も見つけ、全て済んだかのように思えた私は安堵し、大きくため息を漏らした。
「よっぽど大事な千円だったんだね?」
「はい」
すると老人は祠の前に座り込み、合掌・一礼をすると、日本酒に手を伸ばした。
「どれ、御神酒を一口頂くとしよう」
「え、ダメですよ!お供物に手をつけちゃ」
「ちゃんとお祈りをしていただきますと言えばお供物は与えて下さる。お嬢さんも飲むかい?」
「いえ、私は未成年なんで」
老人は一口だけ、掌に注いだ日本酒を呑んだ。流石に優しすぎる神だと感じた私は、同時に御神標様に心を惹かれた。
「さぁ、もう遅いし帰りなさい。親御さんも心配してらっしゃる」
「はい」
心配なんかしていない。どうせ夜遅くまで父は仕事か遊びに出かけている。早く買い物を済ませて夕飯の支度をしよう。
この道を辿れば町の道にたどり着く。教えられた通りに進むと、知った道に出ることができた。
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