0人が本棚に入れています
本棚に追加
いつも通りのスーパーで買い物を済ませ家に帰るとまだ父は帰ってきていなかった。
安心した私は急いで夕飯を作り、何とか父が帰ってくる時間までに間に合った。
「ただいま」
玄関の扉が開く音がする。急いで玄関に向かい父へ労いの言葉をかけた。
「おかえりなさい。お仕事お疲れ様です」
「あぁ、疲れた。飯はできてるんやろうな?」
「はい、今できたばっかりです」
着替えもせず、香水と酒の匂いを混ぜたボロボロのスーツで食卓に着き、手を合わせずご飯を頬張った。
酒癖の悪い父のことだ、今日も半分は遊んで帰ったな。
「今日はましやな。いや、ご飯が少し硬い。炊き方が下手なんやないか?」
「そ、そんなはずは」
「あん?俺の舌が間違っとるっちゆうんか?」
その言葉から始まった。
「誰の金で飯が食えてると思ってん!?」
「ごめんなさい!」
父は硬い革のベルトでひたすら私の背中を叩いた。服の上からだから多少は痛みが少ないが、きっとすごく真っ赤に腫れていることだ。
一瞬、叩くのをやめた時に私は顔を上げた。その直後、ベルトは私の顔面に飛んできた。
パシンッ!!
意識が飛びかける感覚、死さえも覚悟した。額から熱い何かが滴る。真っ赤に染まった液体。
あ、床を汚してしまった。
「ちっ、こいつ。頭を上げおってからに。美幸、明日から学校休め。俺が連絡するけん」
「は、はい。わかりました」
頭を手で押さえ、雑巾で拭く。父は床を汚すと私を叩くんだ。
次の日、朝目が覚めると頭痛がした。何か話し声が聞こえ、その方へ目をやると、父が電話をしていた。
「えぇ、やけん美幸は今日休むけ、担任にそう伝えとってくれ。風邪っちゃ風邪!ただの風邪や」
少し怒鳴り口調で学校に電話しているようだ。
「美幸起きたか?お前今日は買い物以外で絶対外に出んなよ?朝飯は今日はいらんけん」
そう言い残し颯爽と家を後にした。
重たい頭を押さえ、立ち上がる。すると少し目眩がして、すぐに倒れ込んだ。
「夕方まで休んでおこう」
夕方、いつもなら学校から帰路に着く時間帯に私は身支度をして家を出た。帽子を被り、頭の傷は目立たないようにしている。
いつも通りスーパーで買い物をしていると、昨日見た森のことを思い出した。
「そうだ」
あることを思いつき、急いで買い物を済ませてあの森へ向かった。
古い山道の場所はもう知っているから、祠に向かうのは簡単だった。
祠の目の前に来ると、私は父に黙ってスーパーで買ったリンゴを一個、お供物代わりに置い手を合わせた。
「おみしべさま、お母さんにもう一度合わせてください!」
しかし待てど暮らせど、聴こえてくるのは木の葉の擦れる音だけ。そんなことあるわけない、昨日のことも偶然に違いない。そう思い、諦めて帰ろうとすると、後ろから髪を撫でられる感覚がした。
「お母さん!?」
その瞬間、ふわっと風が通り過ぎていった。
「ただの風?」
少しでも母を感じたい。あの時の声は確かに母だったから。老人の言っていた、死者が帰る場所がこの森だったら、きっと母に会えるはず。
一度でいい、一度だけでいい。母のやわらかい手で傷ついた私の頭をやさしく撫でてほしい。
そう懇願したが、いくら探しても母の姿も声も、見つけることができなかった。
最初のコメントを投稿しよう!