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誘い
美沙子には、洒落た封筒で送っていたようだったが、圭の元に届いたのは白い洋封筒だった。ありきたりな物ではあるが、甘い香りが漂っている。
「厭な臭い……」
素直な感想は率直過ぎて、隼人を絶句させた。
「ま、まぁ、好みは人それぞれだからね。
それにしても、この前夫人がつけていた香水とは異なる匂いのようだけど」
「そうですね。どちらにしても嫌いな臭いには違いありません」
手紙を確認する。
「自宅への招待です。
でも、まぁ、私は男ですから、 Petit Trianonには招かれますまい」
「プチ・トリアノン?」
「仏蘭西革命で処刑された王妃の、お気に入りの宮殿です。周りを田舎風に作り、寛ぐための場所として愛用していたそうで、その中に入れたのはお気に入りの人間と、愛人だけだったのだとか。
新城夫人も、結婚されてすぐに敷地内に自分専用の洋館を建てられたそうですが、そこには、使用人も婦人だけで、お気に入りやお友達しか入れないそうです。
母がそう申しましたら、父が、まるで Petit Trianonのようだね。と」
「成程、お気に入りや愛人だけ、か」
隼人の妙に感心したような声。
「女学校時代の母を知っている方にお話を伺いたいと思っているのですが」
「どなたか知っている人がいるの?」
圭はチラリと隼人を見た。
「逸子夫人に会わせては頂けないでしょうか?」
「義姉さんに?」
隼人には双子の兄がいる。どちらも実家の近所に家を建てて暮らしており、圭も長瀬家に招かれると顔を合わせている。
「はい。初めてお会いした時、逸子夫人は私を見て驚かれた様子でした。今思い出すと、先だっての音楽会での、母の同窓生のご婦人方の態度と似ていたように思われましたので」
「義姉さんは確か、三十三才だから、君の母上とは一つ違いになるのかな?」
これといって急ぎの用がないのを良い事に、長瀬家へ向かった。
「えぇ、実は美沙子様とは同じ女学校で、私は一学年上でしたわ」
圭の推理通り、逸子は少女時代の美沙子を知っていた。
「入学当初から、美沙子様の美しさは女学校中の話題でした。美しいばかりではなくお優しくて、無垢で。上級生のお姉さまが、白梅さんって呼び始めて、そのまま呼び名に定着したのですわ。
三年生の頃から、白梅の君と呼ばれるようになりましたわね。
誰もが美沙子様の特別のお友達になりたがっていました」
逸子は優しい笑顔を圭に向けると、よく似ておいでだわ。と、小さく呟いた。
「新城夫人はご存じですか?」
「えぇ、存じ上げていてよ。旧姓は瀬戸でしたわね。とても美しい方で、カトレアの君と呼ばれていましたわ。
美沙子様の一番近くにいらしたけれど」
逸子は少し困ったような表情を見せて、言葉を止めた。
「しつこく言い寄ったけれど、母に思いは伝わらなかったのではありませんか?」
「け、圭君、もっと穏やかに……」
恐らく事実だけに否定もできず、言い方が露骨過ぎて肯定もできず、逸子を困らせてしまったらしい。
「失礼致しました。
一番近くにいらしたけれど、母にとっては他の方と同様、学び舎を同じくするお友達でいらしたと」
今度は言葉を飾りすぎて理解するのに時間を掛けさせてしまったらしい。
「え……えぇ、そうですわ。美沙子様は皆を平等に扱っておいででしたから」
「カトレアってことはやはり、今と同じく豪奢な美人だったの?」
「えぇ、咲き誇るカトレアを思わせる美しさでしたわ。女学校で五本の指に入る人気者でしたが、ご本人は美沙子様に夢中で、お姉様も妹もおりませんでした」
この場合本当の姉妹ではなく、所謂Sの関係の相手のことである。
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