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刺繍
改めて、今日の様子を聞く。
流石と言うべきか、贅沢攻撃に負けぬ処か、礼子に罪悪感を植え付けて来るなど、中々できることではない。
「暫くお誘いはないでしょう。その間に日記を読み進めなければ」
「何か助けになるような記述は見つかったの?」
圭は小首を傾げた。
「とりあえず、新城夫人のことは苦手だった様子です。
一日に書く量は大したことはありませんが、毎日のことだけに、かなりの量にのぼりますから、関係の無い内容だと判断すれば飛ばすようにはしておりますが、なかなか……。
私の知らない時代のことや、幼い私のことを書いているのを目にすると、捨ておくことができずついつい……」
隼人は思わず、クスリと笑ってしまった。
「なかなか可愛らしいところがあるのだね」
圭は馬鹿にされたとでも思ったのか、怒ったような表情を隼人に向けた。
「もっと冷たい目で日記を読んでいるのかと思っていたのだけれど、良かった。
俺はまだ、君を誤解しているようだね」
圭は何も言わなかったけれど、どうやら隼人の気持ちは正しく伝わったらしい。穏やかな表情に戻った。
「手がかりを探してはいるのですが、母はどうやら日記にも本音を書かずにいたらしく、肝心の部分がはっきり分からないのが本当のところです。
もし迷惑で無ければ、長瀬さんにも日記を読んで頂きたいのですが」
興味はあるのだが、亡くなったとはいえ少女の日記を盗み読みするような行為は、少々抵抗があった。
「私が確認した後ですので、気を遣われる必要はありません。母が人に読まれたく無いだろうと思われるような頁があったなら、糊付けするなりして読めないよう細工しておきますから」
「そう? それなら、読ませて頂こうか」
早速日記を受け取り、部屋で読み始めた。
隼人は正直に言えばオカルト趣味は無い。美沙子が日記を探す夢を見ただけならば、母親に会いたいとの気持ちが見せたのだと考えるばかりである。
が、直後に渦中の人物であると思われる新城礼子が現れ、同じような夢を見たハルが日記を持って現れたのだから、全てを否定する気持ちにはなれなくなっていた。
女学校四年生の最後の日記から読み始める。
圭に聞いたのだが、美沙子は十歳で十二歳の和孝と婚約したらしい。
女学校四年生にもなると、卒業後すぐに嫁入りが決まっており、家同士が仲良かったこともあり、しょっちゅう麻上家に出入りしていたようだ。日記にも頻繁に麻上の名が現れる。
十二月二十三日、麻上家のクリスマスパァティイに呼ばれ、両親と弟と共に訪問し、麻上男爵夫妻と和孝、自分の両親と弟にお揃いの手巾を贈っている。シルクの手巾に皆の頭文字を刺繍した物らしい。
美沙子は裁縫や手芸が得意で、特に刺繍を好んでいたらしく、同窓生でも幾人かに刺繍を施した手巾を贈っているのが日記から確認できた。皆同じように対応していたらしいが、やはり年頃の少女らしく、三人、特別気の合う友達とは内緒で贈り物をしたり、手紙の交換をしていたらしい。
その三人は美沙子を特別扱いしない、ごくごく普通のお友達として付き合ってくれる、気楽な友人らしかった。一週間に一度程度の頻度で、手紙の遣り取りをしているのが確認できる。
『礼子様に図書室に付いてきて欲しいと頼まれる。探し物の手伝いかと思ったら途中人気の無い場所で、礼子様の特別になって欲しいと頼まれた。前にもお断りした通りだと申し上げると、安原様とはお手紙の遣り取りをしているのに私は駄目なのですか。と仰られた。内緒だから態々郵便を使っているのにどうして知られたのか不思議だったが、どうやら家の郵便受けに直接お手紙を届けにいらした方が、安原様からのお手紙を見たらしい。否定はしたものの納得された様子は見えなかった。暫くはお手紙を控えますとお三方に申し上げなくては』
友達と手紙のやり取りをするだけなのに、気遣いは大変なものである。
ただ、隼人はなんとなく、ハルや逸子から聞いた美沙子の印象を、大人しい優等生のお嬢様。と考えていたが、しつこい礼子をきっぱりと拒絶する強さを持っていたと理解した。
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