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結婚
「新城夫婦も、おかしな夫婦だよな。妻は女好き、良人は男好き。まぁ、良人の方は妻が怖くて、結果女全般が怖くなったって専らの噂だが」
圭が興味を示したのが分かった。無表情のままではあるが、目に鋭さが加わったのだ。
「新城礼子は自分だけの城に閉じ籠っていて、大事な来客がある時だけ本邸に戻る。良人と出かけるのも同様だ。
去年のことだが、宮様ご臨席のパァティイに夫婦で出席する予定だったのに、新城氏一人で現れて、妻はお腹の調子が……なんて言い訳してたけど、後になって、麻上男爵夫人と会ってたってばれたことがあったな。男爵夫人に,、会いたいって言われて舞い上がって、パァティイをエスケィプしたんだと。
その直後渡米したから、男爵夫人となにかあったんじゃないかって随分と噂になったけど、成程ね、絶交を言い渡されてたのか。
貴久子ちゃんが飛び降りたビルヂング、調べてやるよ。もし瀬戸家の所有したビルヂングなら、そこから飛び降りた理由ってのが新城礼子に絡むだろうからな」
一番ありそうなのは、アイスの娘だとの噂を流したのが礼子で、貴久子はそれを苦にして、礼子への恨みを皆に知らせるために当てつけで、瀬戸家のビルヂングを利用したのだろうとの考え。幾人もが美沙子に忠告していたのだから、貴久子に対しても何らかの厭がらせがあったであろうことは想像に難くない。
「にしてもおかしいのはさ、新城礼子の強い希望で嫁入りしたってことだよな」
いや、瀬戸礼子か。と、言い直して珈琲を啜った。
「夫人の希望で?」
「あぁ。一応、婚約はしてたんだよ。けどさ、新城が新しい事業を始めて、失敗して結構な負債を抱えてるのがばれて、瀬戸家側は破棄しようとした。けど、瀬戸礼子が新城でなければ嫁には行かないって言い張って、親が根負けしたって話だ。その際、莫大な持参金を新城が得たってさ」
「いつ頃の話ですか?」
「新城が負債を抱えたのは、瀬戸礼子が女学校五年に上がるか上がらないかの頃だったかな。結婚したのは、卒業直後だ。
莫大な持参金で負債を穴埋めして、あの、女の城を造ってんだから、桁違いなのは間違いないな。それ以降は、今まであった事業を慎重に育てて、金の問題は起こしていない」
「新城氏の男性の好みはご存じですか?」
勇一郎は不躾にも、圭を指さした。
「圭ちゃん見たら、涎垂らして飛びつくぜ。美少年好みなんだよ」
圭は不愉快そうな表情を向けたが、勇一郎は全く意に介さない。
「新城礼子に、愛情があったとは思えない。けどまぁ、言っちまえば、金の力で良人を押さえつけて好き勝手しようと思えば、新城は都合が良かったのかもしれないよな」
新城礼子から、誘いはないまま五日が過ぎた。
日記を読み進める。
七月に先々代の麻上男爵が亡くなり、日記には和孝を支えるための決意が表され始める。途切れがちだった日記も毎日記されるようになった。ハルから聞いた引っ越しの手伝いが数日続き、お盆の頃の夏休みを機に、美沙子は女学校を退学する。
元々仲の良い家同士で、姑とも幼いころから親しくしており、新婚時代はゆったりと、幸せに過ごしていたらしい。
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