音楽会

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音楽会

 事件解決から二日、長瀬隼人(ながせはやと)麻上圭(あさがみけい)の二人は束の間の平和を楽しんでいた。忙しくしている間はどうしても蔑ろになってしまう事務所の掃除を終わらせると、昼食を兼ねたお八つとして、大福を頬張る。  育ちの良さというものは、ふとした時に出るものである。ただ大福を食べているだけにも関わらず、姿勢に、仕草に、圭の持つ品の良さが顔を覗かせる。  本来ならば、ここに居るべき人間ではない。男爵家の嫡男として、然るべき教育を受けているはずだった。  事故で父を失い、母を殺されるという不幸に立て続けに見舞われながらも、圭は強かった。我を失う事無く、正しく生きていた。  盗み見るかのように、視線を向ける。  顎の辺りで切り揃えられた髪は墨のように真っ黒で、艶やかである。切れ長で涼しげな目、なだらかな鼻梁、薄く形の良い唇。整いすぎて厭味なほどの美貌は、殆どの時間、無表情を貫いていた。  比べて、癖のある紅い髪、鼈甲色の瞳。鏡の中に写る隼人は、白人特有の特徴を持っていたが、肌の色は日本人そのものであった。丈は六尺二寸と高い。  隼人は弁護士を辞めて今では、長瀬萬請負(ながせよろずうけおい)という何でも屋を始めたのだが、ある事件に巻き込まれて解決させた為、世間からは探偵と認識されている。  何度目かの溜息を、圭がついた。なにやら気にしている事がある様子だ。どうしたのか問うてみようかと思ったその時、外に車が停まった。見覚えのある車である。案の定車からは父の紀夫(のりお)が顔を出した。  慌てた様子の紀夫は、隼人が扉を開くと、挨拶よりも先に一枚の紙を渡した。 「どうしたの?」  紙は、音楽会の招待状だった。西洋音楽の小曲が五曲ほど記されている。 「実は新城礼子(しんじょうれいこ)夫人から招待を受けていたのだが、取引先に不幸があってね、今から行かなきゃならない。  申し訳ないが代わりに頼めないだろうか」  言い終わると同時に、やぁ。と、圭に向かって手を上げる。 「良いけど、急がないといけないな」  圭は紀夫に挨拶すると、招待状を覗き込んだ。 「私の好きな曲ばかり」 「じゃあ丁度良い、一緒に行って、隼人が眠りそうになったら、起こしてやってくれないだろうか」  否定しようとして止めた。眠らずにいる自信がなかったのだ。 「良いのですか?」  圭はどうやら乗り気らしかった。 「正直、一緒に行ってくれた方が助かる」  西洋音楽は嫌いでは無いが、知識に自信はない。  じゃ、よろしく。と言い残して、紀夫は車に飛び乗った。 「急がないと間に合わなくなる」  普通のパアティイなら途中からでも参加できるが、演奏中に入っていくのはさすがにまずい。 「取り敢えず、それらしい格好を整えよう」
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