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礼子
新城礼子は有名人だ。
新城百貨店の社長夫人であり、大輪の赤薔薇を思われる美貌と、堂々たる存在感で、社交界の華でもある。
しかし、なによりも彼女を有名人にしている理由は、美しい取り巻きであった。
常に礼子の傍には、少女が三四人存在した。大抵が、十七八才の似通った雰囲気を持つ美少女。
噂では、年頃の娘を持つ親は、軽薄な男よりもこの、権力と財力を持つ魅力的な婦人を警戒しているらしい。
気に入った娘を取り巻きにすると、散々贅沢を教え込み、興味を失うとあっさりと捨ててしまう。後に残るのは贅沢を憶えた我が侭娘。嫁のもらい手が見つかろうはずもなく、金銭感覚の矯正に苦労するのだとか。
隼人と圭は、鏝の当ててあった背広を着込むと、髪を整える暇も無く家を飛び出した。その為、常ならば男物と一目でわかる暗い色の三つ揃えを身に着ける圭が、中性的な雰囲気のボレロなる丈の短い背広を身に着ける羽目に陥った。本人はやや不満そうであるが、音楽の魅力には抗いがたいのだろう、文句も言わずに着込むと、車に飛び乗った。
までは良かったのだが、会場で招待状を見せると、演奏家らしいドレス姿の婦人は表情を曇らせた。
「お席が決まっておりますので、招待状一枚でおひとりしか入れませんの」
言われて確認すると、確かにそう書かれている。
「それでは私は、近くにあったカフェーにおります」
圭は素直に引こうとしたのだが、それはそれで心配だった。とは言え、一緒に帰るわけにもいくまい。少なくとも紀夫の代わりとして挨拶くらいはしておかなければならない。
周りがザワつき始めた。三十代半ばと思われる婦人を中心に、隼人、いや圭を見て、驚きの表情を見せている。
「どうなさいましたの?」
朱色の細身のドレスの裾を閃かせながら、婦人がこちらに近づいて来た。
「礼子様、あの方……」
新城礼子だった。女にしては長身で、ロングドレスがマヌカンのごとく様になっている。
礼子は、婦人の指し示す方向に視線を向け、圭を捉えると、驚愕の表情を見せた。幽霊でも見たような驚きであり、その中に、喜びと哀しみを見たような気がした。
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