少女

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少女

 家に戻って着替えると、圭は大きく伸びをし、溜息を吐いた。 「どういうことなのかな?」  隼人の言葉に、圭は軽く小首を傾げた。 「どうして少女の真似をしていたの?」  淹れたての紅茶の香りを楽しんだ後、圭はいつもの笑顔を見せた。 「お気付きでしたか」 「そりゃ気付くさ。露骨に普段とは違う様子だったのだからね。  新城夫人とは面識があるの?」 「お目にかかったのは初めてです。  あの方は私の母の女学校時代の同窓生。母が麻上に嫁ぐために退学した後も、月に一度はお会いしていたようです」 「友達か」 「お友達ではありません」  やや語気を強めて、圭ははっきり否定した。 「友達じゃないのかい?」 「新城夫人がしつこいので、どうしても断り切れず、仕方なく伺っていたまでで、母は友人だとは思っていませんでした。友人どころか、怖いのだと申しておりました」 「怖い? 穏やかではないね。何があったの?」  圭は軽く頭を振った。 「私は存じ上げません。ただ、母は何度か、礼子様が怖いのです。と、申しました。  新城夫人は母に執着しておりましたから、そのしつこさが怖かったのではないでしょうか」  なるほど。と、その点においては納得できなくはないのだが。 「それで、君が今日、あんな態度をとったのと関係があるのかい?」  紅茶を一口飲むと、実は。と、戸惑い気味の瞳を隼人に向けた。圭らしからぬ表情である。 「最近、おかしな夢を見たのです」  そう言って圭は、死んだはずの美沙子が、生前のままの姿で家中をなにやら探している夢を話した。  夢の中の圭は美沙子が生きていないと理解していたという。懐かしく、慕わしく思いながらも、成仏できなければ大変なことになると考えていたと。 「絶交?」 「はい。父の死後すぐ、母は新城夫人に絶交を言い渡したそうです。  あの日、いつもならば着物姿で出かける母が、珍しく洋装姿でした。父の一番好きな朱鷺色のドレスを着ていました。いつになく凛々しい表情で、礼子様と絶交して参りました。と。  何があったのかは存じ上げませんが、その時小さく、私が守らなければ。と、呟いたのを思い出しました」  良人(おっと)を失ってすぐの絶交。以前から一方的な感情での付き合いであったのであれば、美沙子は離れたかったに違いない。しかし、何らかの恐怖からそれができなかった。  それが一転、突然の絶交。良人を亡くした美沙子が守るべき相手はただ一人、一人息子の圭であろう。 「君は母上が礼子夫人を怖がっていた理由も、絶交の原因も知らないのだね?」  圭ははっきりと頷いた。 「絶交で済ませたけれど、本当は真相究明をすべきだった。と、後悔しておいでなのか。  つまり君は、母上が後悔している理由を、礼子夫人から引き出そうとして……だから少女の振りをしたってことかい?」 「あの方は少年には興味がないらしいですからね。母の癖を真似てみました」 「それは、気も漫ろになるだろうね」 「私が男であるから、新城夫人は今まで興味を示さなかったのでしょうが、今日の様子からすると、近い内にお誘いがありそうですね」  なるほど。と、心の中で考える。礼子の取り巻きは似通った雰囲気の少女ばかりであるが、今日見た三人はどこか圭に似ていた。あくまでも、どことなく。であって、別々で見たならば全く気づきはしなかっただろうが。  礼子の欲する相手はただ一人、美沙子なのだろう。 「ん? 君の父上が亡くなったのが二月だったよね? 礼子夫人が突然亜米利加に発ったのも二月だったような」 「そのようですね」 「絶交されて、日本にいるのが嫌になったのか」  突然戻って来た理由も、美沙子ではなかろうか。美沙子の訃報を受けて戻って来たのかもしれない。   が、男の子である圭には興味を示さなかった。それは今まで一切接触しなかった事実からわかる。圭を探そうと思えば簡単に見つけ出せるはずだ。  しかし礼子は今日、圭を見た。母親譲りの美貌を確認した。放ってはおくまい。  圭が礼子の贅沢攻撃に負けるとは思えないが、問題はそれ以外にもある。  道徳上よろしくない噂も聞かれるのだ。箱入りお坊ちゃまの圭を、不道徳の貴婦人である礼子に近付けたくはないのだが、理由を説明しろと言われると困る。 「母の日記を押し入れから引っ張り出したのですが、女学校時代の数冊がありませんでした。一体どこにあるのか……」  それは思いもかけぬ場所から出て来たのである。
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