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親友
「中でも特に熱心でいらしたのが、新城礼子様でした。ご結婚後も三日に一度はお手紙が届きました。色々なお誘いもございましたようですが、お断りしておられました。最初は、新しい生活に慣れるのが大変だという理由で、次には妊娠中だから、育児中だから、と。
しかし、大奥様が、お若い美沙子様が一日中家の中で家事や育児だけに追われているのはお可哀そうだと仰って、お誘いを受けるよう促されたのです。美沙子様は遠慮されておいででしたが、大奥様のご厚意を無になさるわけにもいかず、圭一様が二歳になられた頃、お花見のお誘いを受けられて。
それからはお手紙が二日に一度に増えまして、毎回のようにパァティイだ観劇だと色々なお誘いが雨のように。
大奥様のお気持ちもあって、二月に一度はお出かけされるようになりました。
その後、十年前に大奥様が亡くなられて、暫くはまた、遠ざかっておりましたが、今度は旦那様が、気分転換に行ってらっしゃい。と。圭一様も小学校に上がられておりましたから、平日の夕方までなら問題ないでしょう? と。
美沙子様は新城様とお会いして、戻ってらっしゃるととても、お疲れの表情を見せるようになりました。
それまでは大奥様の手前、楽しかったという風に装われておられましたけれど、戻られる頃には私しかおりませんから、お芝居の必要はなかったのでしょう。時には翌日、寝込まれることもございました。後で気付いたのですが、寝込まれるのは決まって、新城様のお宅に伺った日でございます。
大抵、お芝居や音楽会のようなお誘いを選んでおいででしたが、お屋敷に招かれることも少なくなく、全てを断るのは難しかったのでしょう」
「美沙子夫人にとって、新城夫人はどんな存在だったのだと思われますか?」
まるで新聞記者のような質問だな。などと心の中で思いながら、ハルに最も大事な部分と問う。
「存在……一度伺ったことがございます。新城様は美沙子様のご親友なのではございませんか? と。
美沙子様ははっきりと首を横に振られて、私の親友はただ一人。今はもうこの世にはおられませんけれど。と」
圭が何かを思い出したような表情を見せた。
「青井貴久子様ですね?」
「さようでございます」
「亡くなられたのはいつ頃ですか?」
「美沙子様が五年生の、五月でしたでしょうか。大旦那様のお見舞いにいらした美沙子様が沈んでいらしたので、どうしたのかしらと思っておりましたら、お友達が亡くなられたのだと旦那様から伺いまして。どなたとも平等に接してらした美沙子様が唯一、特別なお友達と仰ってらした方だそうです」
「ただ一人の親友ですか」
この時期、美沙子は大事な人間を二人失ったのだ。親友と許婚の父親。
許婚が、女学校の卒業を待つと言うのに退学してまで嫁いだのは当然、支えになりたいとの気持ちが最も強かったに違いない。しかし、心のどこかに、女学校を辞めたいとの気持ちがなかったとは言い切れないのではないだろうか。親友を失い、悲しみに暮れる少女には、楽しい思い出の詰まった場所が辛くはなかっただろうか。
「どうして亡くなられたのかはご存じですか?」
「それが……」
ハルは困ったような表情を見せた後、どうやら。と、声を潜めた。
「自ら……」
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