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「ブンブンあーらわーし、ブンととぉぶぞー!」 柴勝時は頭上から聞こえた歌声に午睡を邪魔され目を覚ました。 顔をしかめながら見上げると、随分と器用に椰子の木に登りその実を片手に抱えた人物がいた。というか危なくないか俺。あれが落ちて頭にでも当たったらなかなか洒落にならないな。寝ぼけた頭で危機感を覚えたその瞬間、 「あーっ!しまっ……わあーっ!?」 椰子の実どころかもっとえらいものが落ちてきた。避ける間もなく、身体の上をドスンという凄まじい衝撃が襲う。 「うぐっ!」 「ぶふっ!」 僅かに身構える時間があったことと、曲がりなりにも軍人として鍛えていること、あとは落ちてきた人物が予想よりもずっと小柄だったことが幸いし、どうやら怪我はなさそうだ。 イテテテ、と呻きながら己の上から身体を起こした人物と目が合う。 くりっとした大きな目がリスやらウサギに良く似た、随分と可愛らしい顔立ちの少年だった。 「え……あ、あああ、ごごごごめん!」 一瞬きょとんとこちらを見つめた顔はみるみる青ざめ、少年は慌てた様子で上から飛び退いた。 「あわわわ、どうしよう、怪我は!?え、衛生兵ーっ!」 あたふたと動き回った少年は、事もあろうか衛生兵を呼ぼうと立ち上がり叫んだ。 「えっ、いや、待ってくれ!」 妙に良く通る声があたりに響き、勝時はギョッとした。軍規に触れているわけではないが、木の下で昼寝をしていたら上から人が落ちてきた。など軍人として情けないではないか。 「衛生兵ー!来てく、むぐ」 腹やら腰やら背中やら、痛い気もするがそれを堪えて慌てて立ち上がり少年の口を塞いだ。 「んぐっ、むー!」 口を塞がれてなお強情に叫ぼうともがく少年の身体を押さえつけ勝時は叫んだ。 「話を!聞けっ!」 「ぐ……」 怒鳴られぴたりと少年の動きが止まる。 「……もう叫ばないな?」 口を塞いだまま念押しだとばかりに確認すると、少年はコクコクと首を縦に振った。 ゆっくりと手を離すと、少年は勝時をぽかんと見上げる。 「……そ、その、すまなかった。口を塞いだりして」 大きな瞳で見つめられるとなんだかこちらがとても悪いことをしたような気持ちになり、明後日の方へ視線を逸らしながら言うと、 「あっ、俺こそごめんなさい!怪我してない?……ですか?」 非番のため白いシャツに支給されたズボン姿の勝時を見て、語尾に敬語を付け加える。相手が小柄で幼い顔立ちのせいか、一方的に年齢も階級も下だろうと決めつけていたが、万が一自分よりも上だったらどうしようと若干焦りながら勝時は自己紹介をした。 「怪我はない……多分。第二八航空隊所属、柴勝時上等飛行兵であります」 「与那嶺浩太一飛……今度、第二八航空隊へ転属し、上等飛行兵となります。複座機の搭乗員であります」 衛生兵と叫んだから軍属の人物なのだろうとは思っていたが、まさか 「搭乗員!?」 しかも上等飛行兵になるだと!? 確かに自分は幾分上背がある方だが、それにしたって随分と小さすぎやしないだろうか。 「はい。そ、そうです……」 今はまだ勝時の方が階級が上であり、しかも今度転属になる部隊の人間だということで、どんな処罰を言い渡されるのだろうとそればかりに気が急いている浩太は冷や汗を浮かべながら上目がちに勝時を見つめる。 そんな胸中を知らぬ勝時はというと、頭一つ分ほど下から潤んだ瞳でこちらを見上げる浩太を見て、やはりリスやウサギに似ていると思いながら訊ねた。 「失礼だが、歳は?」 「はっ!二十であります」 「えっ!?……えっ、今、二十と?」 登るのが難儀な椰子の木に登り、歌を歌いながら椰子の実を採り、背丈は自分の胸元、少年と見紛う程の幼い顔立ちで、二十歳だと言う。だって、それじゃあ俺と同い年じゃないか。にわかに信じられず、聞き返すと僅かにムッとした気配が伝わった。浩太は胸元に手を入れ、軍隊手帳を取り出すと無言で勝時に突きつける。勢いで受け取ってしまった勝時は、生年月日の記載がある頁を開き目を見張った。俺と同じ年生まれだ。なんならこいつの方が半年以上、歳上じゃないか! 「そうか、俺も同い年だ」 疑ってしまった気まずさから歪に笑みを浮かべながら手帳を返し言うと、今度は浩太が、 「えっ!?嘘だろ!?あっ、間違えた、嘘ですよね!?」 と目を見張り驚いた。 「何を間違えたか知らんが、同い年だ。あと敬語じゃなくていい。……同い年だし。」 今度は勝時が若干ムッとしながらそう言った。 「えーっ、だけど、俺よりずっと、大人っぽい顔してるのに……」 「それって老けて見えるってことか?」 「ちが、そういう意味で言ったんじゃない!って、お前だって俺のこと子供だと思ったんだろ!」 「え、い、いや、そうではないが……」 大きな目がじとっと疑いの視線で見つめてくる。と次の瞬間ぶはっと盛大に吹き出し、浩太は笑いながら言った。 「あははは!まさか同い年だなんてお互いに思ってなくて、俺たちどっちもどっちだな!」 しばらく腹を抱えて笑う浩太をぽかんと見つめたあと、勝時も笑いを溢した。確かにお互い様だ。 これが浩太との最初の出会いだった。ラバウルの蒼い空に輝く太陽に照らされながら、二人はしばらくその場で笑い続けた。
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