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「本日付けで本隊に所属となりました、与那嶺浩太上等飛行兵です!」 浩太が上に落ちてきてから数日後、勝時の所属する部隊に浩太が編入されてきた。元気よく挨拶をした浩太を見た隊員たちが僅かに騒めく。あれが上等飛行兵?子供じゃねーか。 「うるさいぞ貴様ら!」 ざわつき出した隊員たちに上官の叱責が飛ぶ。 「おい、柴!」 ピシャリと叱られて慌てて姿勢を直す隊員たちを内心ざまあみろと思っていると、部隊長から名指しで呼ばれ、勝時は目を白黒させた。え?俺が怒られるのか? 「柴!いないのか!」 「はっ!おります!」 慌てて返事をすると、いるなら一度で返事をしろと怒鳴られてなぜだか、浩太の前なのに……と羞恥心が起きる。 「貴様、与那嶺と面識があるそうだな。色々と面倒見てやれ」 「はい!」 キビキビと返事はしたものの勝時はそんなことを上官に言った覚えはない。ということは浩太が? 「よ!よろしくな、勝っちゃん!」 「かっ……」 解散となったあと荷物を腕に抱えながら浩太が近寄ってくる。親しげに「勝っちゃん」と呼ばれた勝時は絶句した。なんだ、その呼び方は! 「ヒュー!勝っちゃんだとよ!」 「仲良しこよしだなあ〜勝っちゃん!」 呼び名を聞きつけた数人の隊員たちが囃し立てる。 「何か言ったか?」 ぎろりと睨め付けながら低い声で言うと、隊員たちは慌てたようにその場を後にした。 「勝っちゃん、ダメだよ。朝からぼーっとしてちゃ。罰がなくてよかったな!」 浩太は気にした風もなく、部隊長に叱られた時の話を始める。 「あれはお前が……。というかだな、なんだ、その勝っちゃんってやつは」 小さな腕いっぱいに抱えた荷物に目をやり嘆息し、浩太の腕から半分取り上げる。 「あっ、すまん。ありがとうな」 ニコッと笑って礼を言った浩太が続ける。 「勝っちゃんって呼んだらダメか?」 小首を傾げながら訊ねるその様がやはりリスかうさぎのようで、勝時はそれ以上言えなくなる。 「いや、まあ、別にいいけど……」 「俺のことも浩ちゃんって呼んでいいぞ!」 「は!?え、遠慮しておく……」 えー、姉ちゃんたちも近所のおばちゃんたちもそう呼ぶのに……。と浩太は小さく唇を尖らせた。近所のおばちゃん扱いかよ……。 「……浩太って呼ぶ」 そう告げると花が咲いたようにパッと表情が明るくなって「うん!」と元気な返事が返ってきた。 勝時は浩太を引き連れて搭乗員用の宿舎へ向かった。浩太が以前いた部隊の宿舎からは離れているため、移動することにしたのだ。 勝時が普段使っている二段寝台の上が空いていたため、そこに荷物を下ろした。 「俺寝相悪いからうるさかったらごめんな」 浩太が梯子から下りながら勝時に言った。 「構わん。それよりいびきのうるさい奴の方が迷惑だ」 「俺いびきはしない!……と思う。家でも軍でも言われたことはないから」 そう言う勝っちゃんは?とにやにやしながら下から覗き込む額をピン、と弾く。 「あたっ!」 両手で額を押さえこちらを軽く睨んだ浩太に、 「自分がいびきしてたらそんなことは言わん」 と告げ、行くぞ。と踵を返した。やばい……浩太の、今の顔は少し、可愛かった。 勝時のそんな胸中は知らない浩太は待ってよ!と声を上げ、小走りに着いてきた。 一通り宿舎や食堂など日々使う場所を案内した勝時は最後に浩太を引き連れて整備場へやってきた。勝時たちが所属するのは主に艦爆機で編成された部隊だ。概ね機体ごとに整備場や宿舎が分かれており、浩太はこれまで艦上戦闘機の部隊で九六式艦攻の操縦を務めていたという。 「俺、前から複座が良かったんだよなあ。だって単座は寂しいじゃんか。ってそんなこと軍人が言ったらダメなんだけどさ」 整備場の端に置かれた長椅子に並んで座りながらまめまめしく動き回る整備員たちを眺めながら浩太が言った。 「うち、家族多くてさ。つっても姉ちゃんばっかり六人いて、末っ子の俺が長男なんだけど」 なるほど、それは確かに「浩ちゃん」と可愛がられているに違いない。 「女ばっか多くてうるせーのなんの!……でも入隊したらそれもちょっと恋しくなるんだよな。でも家帰ったらまたうるさくて、静かな戦闘機の中に戻りてーってなりそうだけど」 姉ちゃんよりも戦闘機の方がよっぽど静かだぜ、と笑いながら浩太が言う。 「そうか。なら複座ぐらいがちょうどいいってか?」 「そ!俺あんまり思ったことないんだけど、お喋りだって言われるからさ。ずっとだんまりが苦手なのは姉ちゃんたちが賑やかだったからかなあー」 そう言いつつも浩太の表情からは家族を大切に思っている気持ちが伝わってくる。 いいな、と思った。羨ましい、という気持ちとはどこか違うが、浩太みたいな家庭環境に生まれたかったな、とは思った。 「勝っちゃん家はどんな感じ?」 何気なく浩太が訊ねてくる。 「うちは母子家庭で、一人っ子だ」父は勝時が幼い頃にいなくなった。昔から病気がちな母は身体に鞭打ちながら幼い勝時を育ててくれた。母のことは慕っているし感謝もしているが、こんな性格だ。あまり母子の会話はなかったように思う。ただ、母に楽をさせたくて勝時は必死に勉強し、身体を鍛え早々に予科練へ入った。酒も煙草も甘味も嗜まないから給金のほとんどは仕送りに回している。ざっくりと端折りながら浩太へ言うと、浩太は大きな瞳を僅かに潤ませながら「ごめん」と勝時へ頭を下げた。 「えっ、なんでお前が謝るんだ」 ギョッとして勝時が言うと浩太はきゅ、と唇を結んでから、 「だって、俺家族多くてうるさいとか言っちゃったし……俺、煙草はやらんけど、酒も飲むし甘いの好きだし……勝っちゃんと比べたら……」 そう言う浩太の声はだんだん湿り気を帯びてきて勝時は焦った。 「馬鹿、何もお前は悪くないだろ」 「だって、だって……」 「じ、じゃあ!俺は、俺が酒も飲まないし甘味も食わないのは、お……お前にやったからだと思うことにする!」 大きな瞳に水の膜がつるん、と光る。何とかせねば、と勝時が焦りながら言うと浩太はきょとんとした。 「……なんで勝っちゃんが俺にくれるの?」 「それは……」 言い淀んだ勝時を浩太はじっと見つめる。 「う……お、お前が!俺の上に落ちてきたからだ!」 「えっ!」 自分でもめちゃくちゃなことを言っているとは分かっていたが、浩太を悲しませなくて済むなら、となぜか責任感のようなものが湧き上がった。 「お前……俺のペアになれよ。そうしたら俺は一人じゃない。ペアって家族みたいなもんだろ。……それで満足しろ」 浩太の操縦技術も知らなければ、ペアを決めるのは上官だ。けれど、なぜか浩太は自分が面倒を見てやらなければならないような気がした。 「勝っちゃん……」 こちらを見ながら呟いた浩太が不意に俯く。その肩が小さく震え出して勝時は「おい、」と肩に手を添えた。 「ふっ、くっ……はははっ!」 「な、なんだお前笑ってんのか!というか何が面白いんだ!」 勝時の肩に額を当てて浩太はしばらく震えながら笑っていた。 いや、確かにおかしなことを言ったが、それはお前のせいだ。と不服に思っているとパッと浩太がこちらを見た。 「わかった!ペアになってやろう!」 浩太は椅子から勢いよく立ち上がり、腰に手を当てて胸を張る。 「だからまずは司令部に希望を出してくる!」 「は?お、おい!?」 勝時に「では、また後で!」と手を挙げ浩太は走っていった。 いきなり司令部ってどういうことだよ、というか部隊長とかに話を通してからではないのか? 「あー、もう!」 厄介なものを引き受けてしまったな、と思いながら勝時も椅子から立ち上がり駆けて行った浩太の後を追った。 二人の去った後、複座機の整備員たちは「あの二人は絶対にペアになる」と満場一致で確信したという。
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