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浩太の後を追いかけていた勝時は道中で部隊長を見かけ声をかけた。すると勝時に気付いた部隊長が思いも寄らないことを言った。 「おお、柴か。お前、与那嶺とペアを組め。操縦員と偵察員でちょうどいいからな」 「は!……えっ?自分が、ですか?」 「そうだ、何か不満でもあるのか?」 「い、いえ!」 これから打診してもらおうと思っていた話が既に決定事項になっている。どういうことなのだろうか。 歩き去った部隊長に敬礼をしてから、勝時は急ぎ足で司令部を目指した。 「あ!勝っちゃん!」 司令部のある建物の前に着くとちょうど中から浩太が出てきた。 「お前っ、部隊長にさっき会ったが、ペアになれって言われたぞ!どうなってるんだ」 勝時が訊ねると浩太は「希望を出したんだ」と言った。 「は?だってさっき俺が言ったばかりじゃ……」 「勝っちゃんが言う前に言ってた。会って、こいつはいい奴だって思って、俺の方が先にペアになりたかったんだ。……さっきはとぼけたけど……」 いたずらっ子のようにぺろっと舌を出す浩太を、やはり同い年には見えん。と思いながら勝時は聞いた。 「じゃあ、上からの正式決定なんだな?俺たちは九九艦爆のペアだってことが」 「ああ!部隊長に聞いた後一応司令部の厚木少将にも聞きに行ったんだ。少将には内地でちょっとお世話になったから」 厚木少将とは海軍の中でも好々爺と称される穏健でたいそう優秀な士官だ。 「なんで勝っちゃんがいいのかって聞かれたから、俺の操縦を信じてくれる目をしてたから。って答えた」 「……どういうことだ」 先ほどまでの瞳の煌めきがスッと翳ったような気がして勝時は浩太に問う。 「どうも何もそのまんまの意味だよ。勝っちゃんは自分の上に俺が落ちてきても怒らなかったし、それどころかしばらく話もしてくれたろ?……俺、あの時久々に心から楽しくて、もっとこいつのこと知りたいなって思ったんだ」 告げられた浩太の言葉に、ちょっとこっち来い。と手を引き司令部の向かいにある建物の庇の下へ連れて行く。浩太は何も言わずに手を引かれついてきた。何やら訳ありのような雰囲気を感じて、勝時は庇の下に置かれた粗末な作りの簡易腰掛けに浩太を座らせ、自らもその隣へ腰かけた。 「……俺も、お前の……浩太のことが知りたい」 隣に座る自分よりも幾分か細い膝をぐっと握り勝時は言った。 浩太は目を白黒させてから小さく吹き出し、「勝っちゃんってそういうこと言わないと思った」とどこか肩の力が抜けたような様子で勝時の肩に頭を預け、静かな声で語り出した。 「俺ね、気付いてるかもしれないけど沖縄出身なんだ」 名字からなんとなくそうだろうな、とは思っていた。けれど、 「訛り……方言全然ないでしょ?沖縄の人はね、方言使ったらダメだって教わってきたんだ」 知らなかった。普段の明るい様子や、一切出ない方言から実は内地で育ったのかもしれない、と勝時は勝手に思っていたからだ。 「沖縄の人は未だに沖縄人って馬鹿にされる。内地の人より下だって見られてる。同じ日本人なのに、変だよね」 静かな声で語るその口調に諦めに似た空気を感じて勝時は胸が微かに軋んだのを感じた。浩太にこんな寂しい声を出させたくない、と出会って間もないのにそんなことを思う。 「俺の家、沖縄の中でもまあまあの地主で、実は。だから小さい頃から読み書き発音は内地から先生を雇ってたんだ。時代が時代だから両親は俺を士官学校に入れようとしてた。俺も勉強、嫌いじゃなかったし、士官になれば島のみんなの誇りにもなるって思ってた」 でも、と続けた声は暗く、無意識に勝時は浩太の膝に置いた手に力を込める。 「田舎もんが士官なんかなれるわけないって、試験は全部甲の成績だったのに出身が沖縄だから落とされたんだ……。沖縄人は島に帰れって」 「そんな……!身勝手すぎるだろ!」 浩太が味わった非情な現実に勝時は堪えきれず憤る。 「うん、そうだよね……。でも、俺……勝っちゃんが怒ってくれたからなんか、今、胸がすっとしたなぁ」 ふわ、とこちらを見上げ柔らかく笑うその顔が、やはりどこか寂しげで勝時は浩太の肩に手を回してぐい、と自分の方へ引き寄せた。 「わ、勝っちゃん……?」 戸惑ったような浩太へ、続けてくれ。と告げる。 「ん、うん。……士官学校に入れなかった俺は、このままじゃ島には帰れないって思ったから、予科練に行ったんだ。沖縄出身だからって理由で島に帰ったら、それこそ俺自身が故郷を侮辱することになる。だから、ほんとは飛行機乗りにはなるつもりはなかったんだけど、予科練に拾ってもらったんだ」 正確には当時の厚木少将に、らしい。士官学校を落ちたその足で横須賀の予科練へ向かった浩太は入り口でまた「ここは子供の来るところじゃない」と門前払いを食らっていた。諦めずに食い付いていたところに厚木少将が通り、浩太の話を聞いてくれたのだと言う。穏やかなだけの、軍人にしては些かのんびりとした好々爺だと思っていたら見るべきところはきちんと見ている人らしい。 「厚木少将は俺の成績と気概と、沖縄出身者としての誇りを買ってくれた。島を、家族を、島民たちを思う気持ちは必ず君の支えになるから、と。それが戦う力になる、と」 あとな、一番言われて嬉しかったのは……。とこちらを見上げた浩太の目にはもう影はなかった。キラリ、と差し込んだ太陽の光で、その瞳はどこかいたずらげに煌めいた。 「戦闘機乗りになるには、君みたいな小さい身体の方がより有利なんだよ、って!」 浩太が言うように、戦闘機は速さや機動性が命だ。十数キロ程度の重さならたかが搭乗員の体重など飛行にそんなに違いはでないのではないかと勝時は思うが、浩太がその一言に救われたのは確かだろう。 「俺は入隊してもずっと、小さいからって馬鹿にされてきた。だから目で分かるんだ」勝時は馬鹿にしたりなんかしないと分かった。と言う。その言葉に胸の奥の方がきゅっと縮むように疼いた。 「俺がお人好しなフリしてただけかもしれないじゃないか。今も」 胸の疼きから目を背けるようにふい、とそっぽを向いて言うと 「馬鹿だな、勝っちゃん。お人好しじゃなきゃ上から落ちてきた奴の面倒なんか見るか。……勝っちゃんじゃなきゃ殴られてたなあ」 と浩太は小さく笑った。 「やっぱさ、身体が小さいと弱そうとかって思われてさあ。初年兵の頃は相当やられたなあ」 「浩太……」 過去を振り返り少しだけ遠くに思いを馳せたような浩太の声と横顔に勝時はぐっと拳を握る。 自分は浩太を見ると面倒を見てやらなければと、庇護欲のようなものを掻き立てられるが、そうでない者がいるという事実に勝時は眉根を寄せる。 けれど勝時の胸中を知らない浩太はキッと顔を上げ、日陰の向こうに燦々と輝く蒼い空を見上げた。悲しげな色を湛えたように見えた目には、決意や闘志のような光が静かに、しかししっかりと灯っている。 「でも俺は軍人だから、成果あげてラバウルに来たんだ。神鷲の島の皇軍、南の最前線、天下無敵の戦闘機乗りだって」馬鹿にした奴らは全員内地に置いてきた。へなちょこな奴らだから俺が最前線で守ってやらあ!と勇ましく笑う。 どこまでも真っ直ぐで敵意すらバネにして軽々と乗り越えるその姿に、勝時は純粋に尊敬の念を抱いた。 「お前、すごいなあ……」 ありきたりな言葉しか出てこなかったが、勝時の思いは伝わったようで浩太はニコリと笑った。 「だからな、勝っちゃん。一緒に飛ぼうな!」 さあ行くぞー!と浩太は立ち上がり、湧き上がるやる気を抑えきれないように駆け出した。 勝時もその明るさと気概に当てられ、胸の奥から雲のように闘志が湧き上がるのを感じた。こいつと飛びたい。と、今すぐあの大空へ飛び出したい。と思った。 「ああ、一緒に飛ぼう!」 笑顔でこちらを振り向く浩太へ、勝時も立ち上がり駆け寄りながら笑顔を零した。快晴の昼下がりだった。二羽の番の鳥のように戯れあいながら、二人は銀色に照らす光を目一杯受けてどこまでも飛んで行くように駆けて行った。
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