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数日後、勝時と浩太は九九艦爆を前にしていた。 今日は二人の初飛行だ。 浩太は整備員と一緒に機体の最終確認をしている。勝時も浩太の後ろからその手元を覗きこんだ。勝時のものよりだいぶ華奢な指先があちこちを指して確認している。真剣な眼差しで各所の名称を読み上げ次々と「良し!」と声をあげていく様子は、一偵察員の視点で見ても信頼できる操縦員の姿だ。 整備の最終確認を終えて、まず勝時が偵察席に座る。その後から浩太が操縦席に座り、整備員が足掛けから降りて機体から離れた。浩太が通信機を付けて勝時に話しかける。 「いよいよだな、勝っちゃん」 ザリ…と僅かに乱れた音の中で楽しみで仕方ないといった体の浩太の声が響く。 「ああ。操縦は任せた」 勝時が応えると、操縦桿を握った浩太がくるっと器用に後ろを振り返り満面の笑みを浮かべた。 整備員が滑走準備良し、の旗を振る。それを視認して勝時と浩太は同時に声をあげた。 「行くか!」「行こう!」 勝時が風防を閉めるのと同時に浩太が機体をゆっくり走らせる。タイヤはガタガタと小さく揺れながら、南国の島に真っ直ぐ引かれた滑走路を踏み鳴らし速度を上げていく。 「離陸する!」 いつもより凛とした浩太の声が聞こえた直後ふわっと地から足の離れる感覚があり、ガクン、と重力に従った後今度は空へ押し上げられるような力が全身に伝わった。何度戦闘機に乗っても、この空へ飛び立つ時の独特の感覚が癖になる。 浩太の離陸はとても安定していた。日頃の様子からは想像も出来ない程、優等生然とした理想的な離陸だった。 「高度百、百五十、二百……三百。方位南南東、速度良し。エンジン良し。機銃掃射準備良し」 勝時は目の前の計器類の数値を次々に読み上げていく。浩太は何も言わずそれを聞き、ぐんぐんと空へ上っていく。 今日は試験飛行だから編隊の中には組み込まれず、基地から百八十海里、高度五千メートルの空域を自由に飛行する。思いつくあらゆる動きをして機体の運動性能と自分たちの相性を測るというわけだ。 一通りの動きを試してから、それまで淡々と真面目に報告をしていた浩太が声音を変えて勝時に話しかけた。 「なあ、勝っちゃん。俺……今すっごく楽しい!」 弾んだ声に勝時も笑みが浮かんだ。 「ああ、俺もだよ」 通信機に送り込んだ声はいつもより跳ねているような気がした。それに気づいてか浩太がふひひっ、といたずらっ子みたいに笑う。 「操縦の方はどうだ。調子は」 勝時が訊ねると「順調だ!」と明るい声が返ってくる。 「勝っちゃんが計器類を読み上げるの、分かりやすくて正確だから飛びやすい。複座って最高だな!いや、ペアが勝っちゃんだからだ!」 上空の冷やされた空気の中にも関わらず勝時は身体中が瞬時に熱くなるのを感じた。偵察員冥利に尽きる浩太の飾らない賛辞が、勝時の心に真っ直ぐ届く。 俺も、お前の……浩太のペアになれて良かった。と伝えようとした声は通信機から聞こえてきた浩太の歌声で途切れた。 燃ゆる大空 気流だ雲だ 上がるぞ翔けるぞ 疾風のごとく 「ふっ」上がるぞ翔けるぞ、か。少し調子外れなその歌声に合わせて先ほどまで模範生のように飛んでいた機体は上昇したり旋回したりする。 輝く翼よ 光と競え 「航空日本 空ゆく我ら!」 歌は苦手だ。けれど不思議と浩太の明るく伸び伸びした歌声を聞くと自分も口ずさんでいるのはなぜだろう。 「運動性能も問題なし!どうだ?勝っちゃん」 燃ゆる大空を歌いきり、速度と高度を少し下げて浩太が訊ねた。 「ああ、大丈夫だ。そろそろ時間だ。帰投しよう」 「了解!」 勝時が帰投を告げると名残惜しそうにするかと思った浩太は素直に返事をした。 意外だ。もう少し飛びたいと言うかと思ったが。 勝時の胸中を読んだのか浩太がラバウル島の方角へ機首を向けながら言った。 「これからずっと、勝っちゃんと飛べるんだよな!明日も明後日も明々後日も!」
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