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執拗にカラミつけられる唾液に、タールの臭気がネットリとまとわりついてくる。
「ヤニくせぇよ……アニ……キ……」
いつもと違うキスの味に本能的な警戒心を刺激されて、真司は、反射的に顔をそむけようとした。
だが、イヤイヤをするように首をふる弟の頭を両手で抱えこんだ敦司は、ことさら深く口中をむさぼる。
丹念に歯列をなぞり、ねっとりと上アゴをなめまわし、メチャクチャに舌を暴れさせる。
「っふ……んんんっ……んぅ……っ」
真司は、本気で嫌悪するようにギュッと目をつぶりながら、腰の上に馬乗りになって圧し掛かってくる兄の胸を、必死で押し戻そうとした。
……いつもと違う、薄汚れてシワだらけのシャツの感触。
……いつもと違う、タバコによどんだ汗の匂い。
「オマエにヤニくさいとは言われたくないな、真司……」
……いつもと違う、少し野卑な微笑み方。
「や……待……っ……ちょっ、タンマっ!」
素肌に直接はおっていたシャツのボタンが、いつの間にか全て外されていて。
はだけた胸をなでられながら、鎖骨のクボミに艶めかしい花弁が舞い散るほど強く吸いつかれた瞬間、勝ち気で負けず嫌いの弟は、なぜか急に恐怖に似た戦慄を覚えて、うわずった情けない声をあげてしまった。
「オマエがオレをあおったんだろうが?」
敦司は、抗う弟の腕をつかんで盛大に舌打ちをした。
いつもと全く違う危うい刃物のような鋭さだけをギラギラとムキダシにした兄の顔を、真司は不審な目で見上げた。
「……ホントに、……アニキかよ?」
「何?」
「なんか……知らない別の男みてぇ……」
戸惑いをハッキリと口に出したとたん、自分自身が発した言葉にビクリと胸がわななく。
兄とはまるで違う見知らぬ別の誰かに捻じ伏せられているという、バカげた錯覚……
無意識に身構えてしまう手足とはウラハラに、体の芯には異様な興奮を呼び起こしていた。
「……知らない別のヤツ相手に、こんなに感じてるのか、真司?」
「……っ!」
真司は言葉を失い、困惑と非難の目で兄をギロリとニラんだ。
だが、それは兄の野蛮な欲望を挑発する効果しかなかった。
「ほら、真司……どこの誰だか分からないヤニくさいゲス野郎が、オマエの体にむしゃぶりつこうとしてるぜ?」
薄桜色に妖しく色づいた耳たぶにヤンワリと噛みつきながら、敦司は、弟の下肢をまさぐる。
「……ッ……マジで……ヤダって……っっ!」
真司は悲鳴を上げた。
いつもより、ずっと粗野で卑猥な愛撫が、得体の知れない男に力づくで犯されるという錯覚を、なかば現実として思い込ませていた。
獲物をジックリと品定めするかのような身勝手で下卑た手の動きは、いかがわしく卑劣な痴漢の蛮行そのものだった。
下着の上からデタラメに股間をナデまわし、ときおり偶然のようにスソの隙間に指を入れて素肌をくすぐるのだ。
だが、快楽に見境のない真司の性は、すでに陥落寸前だった。
「さあ、イケよ。……どこの馬の骨とも知れないスケベ野郎の手でイッちまえ、真司」
脅すような口調でささやいて、敦司は、淫らに湿った下着ごと弟の下肢にまとわりついたデニムもまとめて乱暴に引き脱がした。
「ちょ……っ! ヤダっつってんのに……っっ! クソアニキーっっ!」
一方的な陵辱でしかない姦淫に、もはや怒りすら覚えて怒鳴り散らす。
敦司は、憔悴で陰影を増していた凄艶な美貌に鋭い目の光をのぞかせた。
「オレじゃない他人を想像してヨガってんだろ? 誰にでもケツを突き出す淫乱なガキには、お仕置きをしてやらなきゃな」
殺気すら感じる声でささやかれたのに、怒りにあおられた真司の劣情は、むしろ凶暴さを増して膨れ上がった。
ツルリとしたムキ卵のような肌のあちこちに執拗にザラザラとヒゲを当てられながら翻弄されるうちに、気が狂いそうな苦痛と快感にいたぶられて、生理的な涙がボロボロとあふれ出す。
「アニキ……ぃ……っ! ……ヒデぇよ……こんな……っ」
ついには子供のように泣きじゃくって、兄の理不尽をなじる。
敦司は、涙と唾液にまみれたその顔を優しくのぞきこみ、
「可愛いな、真司……」
と、甘くささやきながら、真司の柔らかい栗毛を乱暴にわしづかんだ。
「テ……ッ!? ア……アニキ……?」
真司は、困惑して目を見開いた。
敦司は、切れ長の目を鋭く細めた。
「オレを見ろよ、真司」
「…………?」
「オマエを抱いてるのはオレだ。オマエのアニキだ。他の男じゃねぇぞ。分かってんだろうな、真司?」
思いがけない邪推を聞かされた真司は、涙目のまま、ニッと白い歯を見せた。
「なんだよ……嫉妬なんて意味ねぇとか言ってたくせに……妬いてんじゃねーかよ、アニキ?」
「オマエのくだらねぇカケヒキの材料にするのは無意味だと言っただけだ」
「やっぱ……意味わかんねーよ」
真司は、ふてくされたように唇をとがらせて顔を横に向けた。
「あんまりツレなくされたら、本気でどこぞの馬の骨にナグサメてもらうかもしれねーぞ、オレ!」
「……分かってるさ」
敦司は真顔でささやいて、今度こそ、ことさら優しく真司を抱きしめた。
奔放な弟の心をつなぎとめるために、昔から、どれほどの策謀をはりめぐらしてきたことか。
――ケナゲなのは自分のほうだ……と、兄は自分の胸の内にだけ、こっそりグチる。
カケヒキが無意味だなんて、大ウソだ。
華やかな明るさで他人を魅了してやまない弟は、そのうえ快楽に人一倍おぼれやすいときている。
このまま放っておいたら、すぐに悪い虫が寄り集まってくるのは目に見えている。
そんなことは誰よりも分かっている兄なのだ。
だから、また今度も、好戦的で負けず嫌いの弟が夢中になれるスリリングな遊戯を見つけてやったつもりなのだ。
「分かってねぇのはオマエの方だろうが、真司……」
淫靡な背徳の情事……好奇心の強いヤンチャな仔猫を惹きつけておくのに、これほど最高のオモチャはないハズだ……と、身勝手な兄は、ほくそ笑む。
だが、兄のひそやかな企みは、真司の艶かしい嬌声にかき消されて。
「アニキ……っ! は……ああ……っ」
敦司は、少しアセって……こらえきれずにアフレた情愛を、あっという間に吐き尽くさせられてしまったのだった。
END
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