共依存

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共依存

「……なぜ、そんなに見つめている?」 敦司は、端正なクチビルの片端だけをフッと持ち上げてささやいた。 互いの鼻先が触れ合うほどに寄せた顔…… 無機質な大理石を思わせるすべらかな頬にささやかな血の気が浮かぶと、汗ばんだヒタイに絹のような黒髪を数条はりつかせた秀麗な白皙は、異様な凄艶(せいえん)さをまとう。 真司が、とりつかれたように魅入らずにはいられないのは、いつも、その兄の瞳だ。 ねじ伏せられ、奥の奥まで貪り尽くされる、その瞬間…… 自分を抑えつける兄の、切れの長い怜悧(れいり)な目に映る貪欲な光……それが真司の心をうばうのだ。 魂ごと根こそぎ(ほふ)られたように、息をするのも忘れるほど凝視(ぎょうし)せずにはいられない。 その瞬間…… 少なくとも真司が知る限りでは、その瞬間だけ……互いのカラダがドロドロに擦れて混じり合い、融解(ゆうかい)するまで熱をたぎらせて一つに溶け合う錯覚に陥る瞬間……どんなときも静謐(せいひつ)な理性を冷ややかに輝かせていたはずの兄の双眸に、ギラギラした渇望(かつぼう)がみなぎるのだ。 深い夜の海に似た漆黒の瞳は、あまりにクリアすぎて底までの距離がようとして知れない。 ハッキリと水底は見えるのに。だからと言って、たやすく手を伸ばしてみれば思いがけない深さに気付き……気付いた頃には、もう深みにハマっていて。後戻りすることもできずに沈み続けて。 間違いなく、溺れる。 ()みわたり過ぎた底なしの深淵が、その瞬間だけムキダシの欲望だけで満たされる。 はかりしれない海の底までを、はかりしれない深さの情欲が満たしている…… しかも、自制心の強いストイックな兄を底なしの淫欲であおっているのは、他ならない自分なのだ。 ゾクゾクとする愉悦(よろこび)が全身を駆けめぐる。 「そのギラギラした目を見りゃ……アニキもしょせんタダのスケベ野郎なんだってバレバレだからさ。笑えるぜ……」 真司は、胸にヒザがつきそうなほどに屈曲された裸身を執拗に抉り込まれる衝撃でモウロウとなりながらも、ギリリと奥歯を噛みしめて嘲笑をとりつくろった。 「分かってねぇな、……オマエは」 敦司は、フッと面白そうに鼻を鳴らした。 ――オマエが見てるのは、オレの目に映り込んだオマエ自身の瞳の色なんだぜ、真司…… いわば、この瞳は『鏡』……奔放(ほんぽう)貪欲(どんよく)快楽主義者(エピキュリアン)の底知れない情欲の炎をありのままに映しだした、鏡。 「ナルシストだな、真司は」 乾いた声でささやいてから、敦司は、ゴクリとノドの奥を鳴らした。 無限の渇望をあらわにした弟の瞳にあおられて、自然と自分の内側にも傍若無人(ぼうじゃくぶじん)飢餓感(きがかん)がみなぎっていく…… 魂のスキ間に空いた空白を、野蛮(やばん)な衝動だけで満たして、惜しみなく(むさぼ)り合うようなイビツな交接は、だから、ヤミツキになるほど具合がいい。 「は? っざけんなっ! 誰がナルシスト……んぅ……っ」 興ざめな罵声(ばせい)を、熱っぽいクチビルでふさいで。 敦司は、怒り狂ったように燃えたぎる瞳を見つめ返したまま、貪欲にねだる熱に締め付けられながら、ありったけの衝動をそそいでやった。 [END]
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