221人が本棚に入れています
本棚に追加
/234ページ
酒屋の主人に教えてもらったバーは、新宿三丁目の、細い長い雑居ビルの地下にあった
コンクリート打ちっぱなしの、味気のない階段を降りると、鉄の格子窓がはまった木製のドアがあり、openの札がかかっていた
アットは、新規の客らしく、控えめにドアを開けた
「いらっしゃいませ」
店内は、ビルの外観から想像した通りの狭さだった
カウンター席5つ、二人がけのテーブル席が2つ
店員も一人しかいない
「お兄さん、初めての方だよね?」
「はい。大丈夫ですか?」
「どーぞどーぞ。若くてかっこいいお兄さんは大歓迎だよ」
「あ…」
アットの口から漏れた声を聞いて、店員もすぐさま理解したようで、
「あっ…っていうことは…そういう店だってのは知らなかった感じかな?」
と苦笑いした
アットは、一瞬でも動揺したことを後悔した
そして、動揺を隠すためにコホンと咳払いをして
「幸田酒店から教えてもらって。この人を探してるんですけど…」
店員に写真を見せると、すぐに
「ああ、長谷川さん」
と言った
1軒目で当たりなんてツイてる、と思ったが、それだけ顔が広い男ということでもある
調べるなら、思った以上に用心が必要かもしれない
アットは声のトーンを上げた
「そうそう!長谷川公博さん。友達が、六本木のクラブで会った時に新規オープン店を手伝うって話になったらしいんだけど、名刺無くしちゃったみたいで。事務所の場所とか調べても出てこないし、この界隈のひとなら知ってるだろうから、暇なら聞いて来てって言われて…」
店員は、店内には自分とアットしかいないにも関わらず声を落とした
「新規オープンって、例のお店?」
「いや、俺は詳しくは知らないんですけど…ご存知なんですか?」
「そうなんだ?プッシールームっていう、オナニー見せる店は知ってる?それのゲイ専門店作るから、キャストやりたいコがいたら紹介してって言わたことあるよ」
「それはいつ頃ですか?」
「うーん?1か月前くらいかな?そろそろオープンするんじゃないかな。あ、お兄さんも興味あるならやってみたら?人気でそう」
店員がニヤリと笑った
「いや、俺はそんなんじゃ…」
アットが否定しきる前に、客が立て続けにやって来て、店員はアットの前から離れてしまった
このまま何も飲まずに帰るのもマナー違反だろうと、アットは壁にかかったアルコールメニューを見た
その時、
「ここいい?」
と、一人の男性がアットの隣に座った
最初のコメントを投稿しよう!