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「ぽぽの、勝ち、だもん、ね!」
「もぉっ、私、砂糖、持ってるの、不利……っ」
息を切らして作業室に戻ると、下ごしらえの終わった新生姜がボウルに山のように積まれていて。楓さんは、そこにいなかった。
「あれぇ? 楓ちゃん、どこ行った?」
ぽぽちゃんが、シンク下の戸棚を開けたり寸胴鍋を覗き込む。もちろん楓さんがそんなところにいるわけもなく、私たちは彼女を待ちながら、用意してあったレモンを搾ることにした。
そして、二人の両手がすっかりレモン汁まみれになったころ。作業室を訪れたのは、伝言を預かったという菖ちゃんだった。
「かか楓は、向日葵と一緒にいる。し、心配しないでって。続き、うちが手伝う」
菖ちゃんは、私と歳が近いだろうと思っている花嫁の一人だ。色白で可愛いのに、ここでは珍しく無愛想な子で、会話が続かない。訛りと吃音を気にしているだけで、いい子だよ、と、以前楓さんが言っていた。
作業説明をほとんどせず、黙々と手を動かす菖ちゃん。去年楓さんと一緒に作ったという彼女はとても手際が良く、新生姜をはちみつと砂糖、それにレモン汁でことこと煮込んだジンジャーシロップは、楓さんがいなくても美味しくできあがった。
「わぁい! いっぱいできたねぇ!」
「うん。これを食堂に運んで、各自で炭酸水で割ってもらえばいいんだよね?」
「天様はねぇ、お湯で割るのが好きって言ってたよぉ」
かけっこで勝ったぽぽちゃんは幸せそうにくふふと笑い、いくつも並べた中で一番きれいな耐熱グラスを慎重に選ぶと、琥珀色のジンジャーシロップを注いで大事そうに胸の前に抱えて天様のお部屋に持って行った。
私が菖ちゃんと二人で食堂に寸胴鍋を運び、作業室の後片付けをしても、楓さんは帰ってこなかった。
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