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奇術師
「いったい、いつまで隠しておくつもりなんです?」
エドニーは銀縁の眼鏡を人差し指の背で押し上げグレンを見下ろしていた。領主の机の上は常に書類が山積みだ。
グレンは読んでいた手紙から目を離し顔を上げる。
「折をみて話すよ」
その口許が緩んでいるのを見るのは何度目だろうか。これまで仕事中にグレンが笑みを見せたことなどなかった。
それがこのところ、度々手紙を読んではニヤついている。
「隠す必要あるんですか? 正直面倒くさいんですよ。何故私まであなたの正体がばれないように気を遣わなくちゃならないんですか」
グレンは手紙を丁寧にたたみ、椅子から立ち上がると、窓辺に寄って裏庭を見下ろした。
「こういう物語がある」
グレンがそう言ってエドニーに語ったのは、孤児院で育った少女に陰ながら援助の手を差し伸べる青年貴族が、少女と手紙をやりとりするうち恋が芽生えるというストーリーだった。
「まさか、そんな話に感化されて……?」
エドニーの声が心なしか震えている。
「サラは字も上手い。この便箋もセンスがあると思わないか」
グレンが読んでいたのはサラからの手紙だった。
「子どもじゃあるまいし、何馬鹿なことを言ってるんですか!」
「じゃあ聞くが、領主が占い師の娘に相手にしてもらえると思うか?」
「それを言うなら逆でしょう」
「時には領主という肩書きが邪魔になる時もある」
「だからと言って騙されたと知ったらサラは傷付きますよ」
「それでも何も始まらないよりはいい」
そう言ってエドニーを振り返ったグレンの目には、領主になることを決意した時に封じ込めたはずの熱が浮かび上がっていた。
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