初恋の記憶 1

1/2
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ

初恋の記憶 1

 小学生のとき、近所の少年野球チームに入っていた私は、中学では迷わずにソフトボール部に入った。市内では強豪と言われていたチームでの厳しい練習も、ボールを追うことが好きな私には楽しくて夢中になっていた。  どちらかというと男まさりな性格だったから、異性を意識したのも遅かったと思う。私の初恋は中学になってからだった。  ある日の放課後、部活に行く前に、音楽室に忘れたシャープペンを一人で取りに行った。  音楽室のある三階についたとき、ピアノの音が聞こえた。音楽には特に興味がなかったから、曲名なんかはわからなかったけれど気持ちのいい音だった。  ドアを開けて演奏を止めたくないと思って、廊下の壁に凭れて終わるのを待ちながら聴いていた。いくつもの音が重なり、滑るように流れていく。ピアノの音ってすごく立体的なものなんだなと思いながら、どんな風に指が動いているのだろうと考えて自分の手を見た。突き指で節が高くなった日に焼けた右手と、右手より少し白い左手。 「きっとこんな手じゃないだろうなあ」  声に出てしまったそんな自分の呟きは、ピアノの音の邪魔だと思った。  目を閉じると、ここが学校のコンクリートの廊下ではなくて、樹々に覆われた森のなかのように感じて、また聴き入っていた。  どうやら演奏が終わったときに、そっとドアを開ける。ピアノの前にいたのはクラスメイトの下野くんだった。  私に気づいて下野くんが驚いた顔をする。 「ど、どうしたの? 練習は?」  慌てて吃った下野くんを可愛く感じた。 「シャーペン忘れた。下野くんピアノ弾けるんだ、上手だね」  言いながら、五時間目に使った机のなかを見たけれどシャープペンはない。 「あれ?」  今日、この部屋を最後に使ったのは私たちだ。 「ないの?」  ピアノの前から聞いてくれた下野くんは、立ち上がって近づいて来てくれた。 「うん」  答えると周りの机の中を調べてくれる。 「何色?」 「濃いピンク」  彼は何も言わずに、他の机も見て回ってくれた。  離れて机のなかを覗いて回りながら、変な感じがしてくる。 「下野くん、ピアノ弾いてていいよ」 「いいよ、恥ずかしいし」 「どうして?上手だったよ。下野くんがピアノ弾けるって知らなかった」 「それナイショにして。人前で弾かされたりしたら嫌だから」  照れたようでもあり、怒ったようでもある彼の言い方が気になった。 「ごめん、私、聞いちゃったよ。廊下で」  下野くんはちょっとだけ驚いたような顔をして、私を見るとすぐに視線を外した。 「……佐原はいいよ」  なんだかドキンとした。さっきのピアノの音が脳内に蘇ってきて、急に恥ずかしくなった。慌てて机の中を覗きながら、 「じゃあ、また聞かせてね」  そんなことを言ってしまった自分の大胆さに驚いた。 「うん」  下野くんはそう答えてすぐに、また近くの机を覗き込んでくれた。  
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!