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盗作疑惑
ここにいる時間はかなり自由だ。地上に遊びに行くこともできる。
三十歳で命を落とした私だけれど、時々地上に下りて懐かしい人の顔を見に行ったり、ウインドウショッピングをしたりもしていた。
やり残した仕事が気になって勤めていた会社にも行ったけれど、別の社員が担当になって滞りなく進んでいた。
母と弟の和也が凄く悲しんでくれていたことはわかったけれど、二人にも時間は流れ、それと共に悲しむ時間は減っていた。
あたりまえだ。父が亡くなったときもそうだった。大切な人たちが悲しい気持ちに捉えられていることなど死者は望まない。大切な人だからこそ、幸せになってほしいと思う。
母がこちらに来てからは、本当に気まぐれにちょっと旅行に行く感覚で再々地上に行っていた。
ただ私たちの姿は、生きている人間には見えない。猫や犬のなかには時々見える子もいたみたいだけど。
地上で私の姿を誰かに認識してもらえるのは、六年が経ち、選択の門に向かう少し前に一度だけだった。
まあ、誰にも見えないということに不便はない。
そんなある日、いつものようにふらりと訪れた地上で、懐かしい懐かしい曲を聞いた。
中学二年のとき、下野くんが「私にだけ聞かせたい」と言ってくれて、歌詞を頼んでくれた曲。
聴こえてきたのはあの曲だけど、もちろん歌詞は私が考えたものではなかった。だって私はあの曲の歌詞を下野くんに渡せなかったのだから。
たった一度のデートのあとすぐに、下野くんは転校してしまった。次のデートで渡すと言っていた歌詞はそれまでに間にあわなかった。おまけに彼が転校する日、私はインフルエンザにかかっていた。
彼がいなくなって、昼休みにピアノが聴けないことも、一緒に帰れないことも淋しかったけれど、部活と受験の忙しさのなかで、そんな気持ちも忘れていった。
立ち止まって聴いていた懐かしい曲は、自分が誰かの特別になれたことを思い出させてくれた。合わせて下野くんの活躍も知ることができた。
ちょっと嫌な噂が聞こえたのは、何度もあの曲を聴きに地上に下りていた頃だ。
下野くんが作ったあの曲に盗作疑惑がかかっているらしい。そんなわけない! だってあの曲ができたのは22年前なんだから!
そして気付いた。証拠になるカセットテープを私が返せなかったから?
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