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intro
もし、死神が現れて、「病気で死ぬのと、事故で死ぬのと、どちらを選ぶ?」と聞かれたら、今の私は間違いなく「病気で死ぬ」を選ぶ。
少し前までなら即答はできなかったと思う。病気で死ぬということは、苦しい時間が長く続くということだ。それは辛いことだと思ったから。
いきなりの事故で一瞬で命を奪われてからしばらくは、運命を恨んだり、事故を起こした要因のあらゆることを恨んでいたけれど、病で長く苦しい時間を過ごした後に召された方々と出会い、そんな方々のほっとしたような顔を見るたび、病と戦う時間の長さと辛さを想像できた。
だから一瞬でここに来れたことは、死のなかの不幸中の幸いと思えるようになっていた。
ここは現世に別れを告げたもの達が、次に進む未来を考えるための場所。この先にある門に進むと、天国か生まれ変わりのどちらかに振り分けられる。本人の希望は優先される。地獄行きの人はここを飛び越して地獄へと連れて行かれるけれど。
あらゆる生命は、地球上での命を落とすと、ここで六年を過ごす。そして門へと進み、自分の希望を伝える。地球上で『七回忌』と言われているものと関係あるのかもと思う。
私は生まれ変わりを選ぶつもりでいる。でも生まれ変わると、今持っている記憶はすべて無くなる。当然のことだ。
だからここにいる六年で思い出を整理して、心残りを考えるのだろう。
六年経って門に進む前に、一度だけ心残りを解消する機会が与えられる。
でも六年の間に、心残りも減っていくものだということも、ここにいる時間でわかった。
私が結婚をしていたり、子供がいたりしたら違っていたのかもしれない。でも私は独身だったし、死んだときには恋人もいなかった。
先に亡くなっていた父とはここで三年ほど一緒に過ごして、私の二年後に来た母と共に彼が門に行くのを見送った。
父は記憶を持ったまま天国に進み、天国で母を待つらしい。母もそうすると言っている。地上で長く共に暮らし、尚、二人で過ごす天国を選ぶなんて、そういう相手に巡り合えた両親がちょっと羨ましい。
特に心残りというものも無くなっていた私の耳に、地上で起きたほんの小さな事件のことが聞こえたのは、やはりその記憶が自分にとって大切な宝物のひとつだったということだろう。
心の中に埋めていたタイムカプセルの蓋を開けたような感覚だった。
それは遠い遠い昔の、すっかりとまではいかないけれど忘れてしまっていたことで、ちょっと甘酸っぱい初恋絡みの思い出だ。
私は彼に返さなければいけない。
私を特別にしてくれた彼を救う大切なもの、彼から預かった大切なものを返さなきゃ。
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