一品目:ジンアンドビターズ

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一品目:ジンアンドビターズ

「なぁ、才能商さんよ。俺はアンタの商売には重大な欠陥があると思うんだが聞いてもらってもいいかい?」 「欠陥? はて、なんのことでしょうか?」  波長が合う者と会話を重ねれば、それなりに親密になるというのが人間の性質。いつの日からか、というのは正確に覚えていないが、気づけば俺はこの胡散臭い男と積極的に言葉を交わすようになっていた。 「アンタがやってる"才能の販売"ってのは物の取引として成り立っちゃいないってことさ」 「ほうほう。詳しくお聞きしてもよろしいですか?」 「あー、なんというか、な。以前アンタが言ってた通り、俺も商売ってのは等価交換だと思うんだよ。売人が商品を提供し、買い手がそれに見合った対価を支払う。これが商売ってもんだ。でもアンタがやってる才能と"何か"の取引には、この等価交換って点で欠陥があると思うわけだよ」 「ふむふむ、それで?」 「現代の等価交換ってのは一般的には商品と金の交換だ。俺たちは買い取る商品に見合うだけの金額を支払うし、希少性が高いモンにはウンと高い金を払う。会社のマークがついてるだけでバカみたいに高いブランド物もあったりするが、ありゃあ希少性から来る金額だろう。アレは商品だけじゃなくて、数少ない"有名ブランド"ってのに大金が支払われてるわけさ」 「なるほど。つまりマスターは希少性があるものほど価値が高いとお考えで?」 「俺の考え、ってよりはこの世の摂理だと思うけどな。まあ、そういうこった。大抵、世の中は金っていう目に見える数字で価値の高さを判断している。そして物の取引をする時にキーになるのが、この"数字"だ。数字ってのは誰の目から見ても分かる絶対的な価値だからな。これほど商売に都合の良いバロメータは無いだろうよ」 「はは、確かにそれは一理ありますね。物々交換だとどうしても価値に多少の差異が出てしまいます。もしこの世界が最初からお金で取引されるシステムだったら、"わらしべ長者"は誕生していないでしょう」 「そう。まあ当たり前のことにはなるんだが、つまるところ、ちゃんとした商売には金が必要なわけだ。主観が混じらず確実に等価交換を成立させるには、どうしても金っていう"価値の判断基準"が必要になる」 「なるほど。つまりマスターは私がお金で取引できないものを販売しているから、そこに欠陥があると言いたいわけですね?」 「ああ、そういうことだ。この前、アンタは"野球の才能"を"協調性"と交換したと言っていたが、それはそもそもどういう基準でその2つの価値が等しいって考えたんだ? それは完全にアンタの主観なんじゃないのか? 商売としてはあまりにも価値の判断基準があやふやなんじゃないのか?」 「ええ、そうですね。才能の販売は完全に私の主観によって行われています。それは認めましょう。まあ、私はそれが商売の欠陥になるとは思いませんけれども」 「おお、反論か。詳しく聞かせてもらおうじゃないの」 「では、お言葉に甘えて。えー、まずマスターがおっしゃっていた商売についての話は、私も概ね同意です。今や、お金が無ければこの世の商いは成立しません。それは事実です。しかし......等価交換とは、必ずしも交換するものが等価である必要は無いのです」 「あん? そりゃあどういうことで?」 「物の価値には"揺らぎ"があるということです。物の価値とは、どうしても主観が混ざってしまうものなのです」 「......もう少し詳しく聞いてもいいかい?」 「えー、そうですね。例えば、マスターの喉が乾ききって、どうしようもない状況だとします。そんな時、マスターの目の前に普段より少しだけ値段表示がお高い自動販売機が現れました。さぁ、マスターはどうします?」 「そ、そりゃあ......まあ、普通に飲み物を買っちまうだろうな」 「そう。つまり価値の揺らぎとはそういうことなのです。需要と供給、買い手の状況、ひいては世の中の情勢など、物の価値には実に複合的な要素が絡み付いている。そもそも物の価値というのが一定ではなく、絶対的ではないのです」 「なるほどな。だから等価交換は必ずしも等価な物を交換するとは限らない、と」 「えぇ、まさにそういうことです。等価交換とはつまり、"お互いに必要な物を交換しあうこと"なのです。双方の同意さえあれば、商売とはあっさり成立してしまうものなのです。言ってしまえば、実際の価値など、どうでも良い。私は"野球の才能"と"協調性"を同じ価値のものだとみなし、お客様はそれに同意した。それでオールオッケーなのです」 「かぁー、こりゃあ目から鱗だ。言われてみれば確かにその通り。会社の取引も基本的には契約だ。互いが納得すれば商談は進んじまう」 「まあ、そもそもヒトの価値はお金で判断できませんので。必然、ヒトに内包される才能というものも、お金では取引できないのです」 「だから同じくヒトに内包される"協調性"を対価として求めた、ってわけか」 「そういうことになりますね。まあ、私は協調性を失ってワンマンプレーに突っ走ったお客様がチームを崩壊させる様を見たかっただけなので、協調性を抜き取っただけなのですが」 「はは。やっぱりアンタ、最低だな」 「ふっふっふ。ですが、マスター? あなたもこういう話はお好きでしょう?」 「おいおい、才能商さんよ。そりゃあ言わないのが筋ってもんじゃないかい?」  しかし、完全に言い負かされてしまったな。仕方ない。今夜はサービスとしてジンアンドビターズでも出してやるとしよう。  ※ジンアンドビターズのカクテル言葉「自戒」
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