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竹が次第に引いていき、開けた住宅街へとたどり着いた。
1軒家が多く、時々古いアパートが建っていた。
どこに続いているのかわからない道を僕はひたすら歩いていると、子どもの声が聞こえてきた。ひとりじゃなく何人かいるようだった。さらに進み、右折した道路で子どもたちが3人で遊んでいるのを見つけた。ひとりは細く、ひとりはころっとしていて、もうひとりは普通だった。3人で向き合って地面になにかを叩きつけているようだ。
「やあ、こんにちは」
僕は出来るだけ穏やかに声をかけた。近頃の子どもは警戒心が強い。声をかけるだけで不審者扱いもざらにある。
「こんにちは」と普通の男の子が返してくれた。他の二人は怪訝そうにこちらを見ている。
「ここで、なにしてるのかな?」
言ってから、この質問は失敗だと思った。これだと本当に不審者になりかねない。しかし、普通の男の子は応えてくれた。
「メンコです。これ」と言って、少年は四角くプラスチックで出来た板のようなものを僕に見せてきた。四隅にはアルミのような小さなメダルが嵌め込まれており、中央にはドラゴンのようなイラストが描かれてある。僕の知っているメンコとはかけ離れていた。
「へえ、カッコいいね」
「おじさんもやる?」
褒められて嬉しかったのか、男の子はそう言った。
しかし後ろの二人は変わらず警戒心が高いようだ。普通の男の子が僕を勧誘したことを非難しているようにも見える。僕はおじさんと呼ばれたことに関してはなにも思わなかった。
「いいかい?」
他の子達にも確認するように聞いた。
普通の男の子はのっぽの子とふくよかな子に目配せをする。
しぶしぶというように彼らは頷いた。
「じゃあおじさんはこれ使ってね」
そう言って男の子は似たようなメンコを渡してきた。しかしメダルが2つしか付いてない。
「おじさんは大人だから、手加減だと思ってそれで勘弁してね」
「それもそうだね」
道路にはダンボールの切れ端が置いておりそこがメンコのフィールドのようだった。そのフィールドにも似たようなメンコが置いてある。それを、それぞれが所持しているメンコでひっくり返すという遊びみたいだ。
「じゃあ行くよ。レッツ、メンコ!」
「レッツメンコ!!」
それが開始の合図のようだった。今までほとんど喋らなかった他の2人もノリノリで言っていた。
「とりあえず最初は僕たちからやるから、おじさんは見ててね」
まずのっぽの子がメンコを放つためにメンコを持つ手を上にあげた。するとそこに風が集まり、膨らみ、そしてメンコへと凝縮されていったように見えた。大気のエネルギーをふんだんに蓄えたメンコを勢いのまま叩きつける。風圧で思わず目を瞑ってしまった。目を開けてみると、地面に置いてあるメンコは微動だにしていなかった。意外とタフなのかもしれない。次いでふくよかな子の番だ。すると、ふくよかな子はフィールドに背を向けて100メートルほど離れていく。
「お、出た出た」と普通の男の子は言った。のっぽの子もにやにやとしている。
なにが起きるのか見守っているとふくよかな子はそこから全速力でフィールドに戻ってきて、走ってる途中でジャンプし空中からフィールドにメンコをぶん投げた。激しい衝撃波が全体に広がった。しかしフィールドのメンコはぴくりともしていない。どれだけ強靭なメンコなんだ。そして普通の男の子。これまでの子どもたちはそれぞれ特殊な投げ方をしていた。あんな打ち方見たことない。普通の子は片手にメンコを持つ。しっかりと手に馴染ませてからそれを普通に投げた。やはりメンコは固定されているかのように硬く、重かった。
「やっぱりだめか〜」と普通の男の子が普通に言った。
のっぽもふくよかもうんうんと頷いている。
「じゃあ僕の番だね。その前に、ひとついいかな?」
「なに?」
「7月を8月に、8月を7月に変える方法って知ってるかな?」
「うーん」と三人はコソコソと相談している。
「おじさんがこのメンコをひっくり返したら教えてあげる」
「いいとも。ひっくり返してあげよう。そぉれ!!」
そう言って僕は素手でそのメンコを裏返した。
のっぽの子とふくよかの子は「あ!」小さく叫んだがもう遅い。翻ったメンコの裏には何やら小さな文字でなにか書かれていた。読もうとする前に普通の子がメンコを取り、まじまじとその裏に書かれてあるものを読む。
「すごいよこれ、見てみ」そう言って子どもたちは興奮しながらメンコを眺めていた。
少し待ってから「じゃあ約束通り、僕にさっきの方法を教えてくれるかな?」
「だめだよおじさん。メンコはメンコでひっくり返さなくてはならない。それは共通のルール。おじさんはそのルールを無視したからね。当然、交渉も破綻するよ」
「そんな……」
しょげている僕を見て「でも」と少年は続けた。
「ひっくり返してくれたことも事実だ。そのおかげで僕たちはまた世界の真理に1歩近づいた。この一歩を進むのに僕らは何百年とかかった。もう一生ひっくり返らないのではないかとすら思った。おじさんには感謝もしているんだ。だから特別にヒントを与えよう。僕たちに出来るのはそれくらい。気持ち的には答えを教えたいくらいだけど、そうすると僕たちの存在も危ぶまれる。僕はともかく他の2人にまで魔の手が伸びるのは避けたいからね。だからヒント、教えるね。ヒントは━━」
その時、大地が揺れた。地震だ、と思った。半日は揺れていたのではないかと思うくらい長く揺れていた。幸いなことに揺れ自体は大した事はなかった。
「なんだったんだ今のは」
「怖いね。僕たちはもう家に帰るね。おじさんも気をつけてね」
ばいばい、と少年たちは家の中に入っていた。僕は気づかれないように少年の後ろにぴたりとくっついて家に侵入した。なにかヒントになるものを探すためだ。地震のせいでヒントを聞きそびれた。
少年たちがリビングに入っていくのを見届けてから僕はまず浴室から漁ることにした。そこでおそらく少年の誰かの母親だろうか、それらしき人物と遭遇してしまった。
「犯罪者ね。逮捕」
「マジかよ」
そう言って僕は真っ黒な手錠を両手にかけられる。
そのまま日産のキューブの後部座席に乗せられる。車の色は茶色だった。乗り心地は最高で、これがドライブならいいのになと思った。
しばらく走ったのち「着いたわよ」と女性は言った。
着いたのは僕の家だった。家の前には彼女が待っていた。赤いワンピースを着ていた。車から下ろされ、手錠を外されると女性は再び車に乗ってどこかへ行ってしまった。
「おかえりなさい、あなた」
「ただいま、えらい目に遭ったよ」
「そう、それは良かったわね。で?」と彼女は一歩近づいてきた。まるで包丁で串刺しにされてるように感じるほど怒気が放たれている。
「見つかった? 7月を8月に、8月を7月にする方法」
「うん、見つかったよ」
僕は卓上カレンダーをポケットから取り出して、7月のところをマッキーペンで8月に書き換えて、8月を7月に書き換えて彼女に渡した。
「はい、どうぞ」
彼女は満面の笑みを浮かべて僕の金玉を蹴り上げた。
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