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「探してる?」
「何を?」
「7月を8月に、8月を7月にする方法よ」
言われたときは冗談か嫌がらせにしか聞こえなかったからそんなものは探していない。
「分からない。ヒントをくれるかな?」
僕はりんごをかじる。黄色い果肉に血がにじむ。
「何故ヒントなんてクイズのような陳腐なものにしてしまうの?」
「クイズ形式にしたのは君の方だろ?少しくらいいいじゃないか」
「プレゼントは何が欲しいか聞くこと自体無粋なのに、この先は答えられないな」
「なぜ7月を8月に8月を7月にしたいかも聞いてはいけないんだね?」
「そうよ」
彼女は悲しそうに言う。
彼女はいつもそうなのだ。今始まったことではない。
僕は食べ終わったりんごの種を庭に植えながら考える。昔から果物を食べ終えると種を植えることが習慣なのだ。果物を食べるのと種を植えるのはセットになっていて食後のコーヒーのようなものである。僕はコーヒーは好きではないのでもしかするとニュアンスが違っているのかもしれないけれど、とにかくルーチン化している。
家に入ると彼女は1人でウノをやっていた。
「何故ウノを1人でやっているの?僕がいるんだから2人でやればいいじゃない?」
「1人でやりたいからやっているのよ」
「練習しているの?」
「いいえ、1人でやるウノと複数でやるウノは別物よ。どちらが良いということでも、複数でなければダメというのでもないの。それにこれ、2人でやるには少し小さいでしょ?」
たしかに小さい。一般的なトランプサイズを丁度ハサミで半分にしたような大きさだ。でも2人で出来ないわけでもない。
「あっそ」
「それより探した方がいいんじゃない?」
僕は探すため、そして探す力をもらうために神社へ向かう。神社なんて行ったことがないし、何かの力がもらえるなんて思ったこともないけれど、人間が持っている力だけでは足りないのだ。
僕は階段をひたすら登る。そもそもここが神社なのかも分からないが、長い階段があり、周りに竹林があるのだから神社であり、でなくても何か人間を超えた力がもらえるパワースポットではあるはずだ。
しかし長い。1時間は登り続けている。このまま天まで登りつめてしまいそうだ。
やっと着いた頃には日が暮れていたが、神社はあったし、ライトアップもされていた。けれど竹林がすぐ近くまでせまり、神社を侵食してしまいそうだった。
賽銭を入れているときに竹林にまぎれて老人がいるのに気づいた。よく見ると1人でウノをやっている。
「おい!」
声をかけられた。見すぎていたのかもしれない。
「いや、分かってます。1人でやるウノもあるんですよね?」
「ウノは2人以上でやるもんだ。1人でやるものではない」
「ですよね」
「相手を探していたんだ。来なさい」
面倒だが仕方ない。僕は断られない性格なのだ。
ウノはあの小さなやつだ。流行っているのかもしれない。
老人はオルゴールを回した。ディズニーのイッツアスモールワールドが小さく聞こえる。
「何故オルゴールを回すんですか?」
「BTSだ。ウノをやるときはこれが無いといけない」
「BGMですね?」
「揚げ足をとったって良いことなんてないぞ。円滑に進まなくなる。それにもし訂正して間違っていたらどうするつもりだ?」
「すみません」
「まあいい。これでも食え」そう言って木のボウルに入ったカシューナッツを出してきた。
ありがとうございますと言って食べる。僕は断られない性格なのだ。別にカシューナッツが嫌な訳ではないけれど。
老人は手札を配る。となりには水晶と筮竹が立ててある。
「あなたは占い師ですか?」
「いいや、わしは竹取の翁だ」
「かぐや姫の?」
「そうだ」
「かぐや姫は昔話ですよ。本当にいるわけないでしょう」
「昔話というのはだいたい元になった話があるものだ。例えば桃太郎は他国との戦争で勝つ話、だとか」
「あなたはかぐや姫の竹取の翁の元になった人なんですか?」
「いかにも」
僕はリバースカード出してドロー2カードを出す。
竹取の翁もドロー2カードをだすが、その後僕もドロー2カード出して竹取の翁は6枚引く。
「タイムスリップしてきたんですか?」
「さっきの桃太郎でいうと、戦争は今でもあるだろう?竹取の翁だって昔もいるし今もいるんだよ」
「ではかぐや姫もいるんですか?」
「竹取の翁が見つければいるんじゃないかな」
「あなたは見つけることが出来るんですね?」
「分からない。見つける翁もいれば見つけない翁もいる。あっちも見つけられたいとは限らないしな」
「そうですか」
僕はワイルドドロー4カードを出し、竹取の翁もワイルドドロー4カードを出すが、その後僕は指定された色のドロー2カードを出して竹取の翁は10枚引く。
「わしは占い師じゃないけどな、多少の相談は聞けるよ。どうだ?」
「そうですか。実は7月を8月に、8月を7月にしなければならないんですが、そんなこと無理ですよね?」
「7月を8月に8月を7月にしたところで誰も困らない。ということはそれほど難しいことではないだろう」
「けれど、少なからず困る人は出てくるとは思いますけれどね」
「そうだ。だからなにもこの世の人間全てにそれを強要する必要はない。君と君の周りだけで良いと考えれば良い」
僕は最後のカードを出す。
「ダメー」竹取の翁は僕の頭を鷲づかみしながら言う。
「残り1枚になったときにウノ! って言わなきゃならん。ひゃひゃひゃひゃひゃ」
「ずるいですね。その時言って下さいよ」
「それじゃ意味ないだろ。忘れる愚か者は上がれないというルールだ」
その後僕は何十回とウノにつきあい、イッツアスモールワールドを絶え間なく聞き、真夜中になっていた。
「そろそろ終わりましょう」
「そうだな。ちょっと付いてこい。君の悩みを解決出来るかもしれん」
眠くて帰りたいし、解決出来るとも思えない。でも断られない性格なのだ。
僕らは竹林の小径へ入る。小径はライトアップされているのかと思ったが、竹自体が発光している。
「これ、切ったらかぐや姫出てくるんじゃないですか?」
「ああそれ、細工してるだけ」
「なんでそんな中途半端なことするんですか」
やっぱりこの翁はかぐや姫を望んでいるのではないかと僕は思った。でなきゃこんなことはしない。もしくは自分にはかぐや姫を探すことはできないと諦めて、架空のかぐや姫を夢見るためにこんな小細工を施しているのだろうか。
「見栄だよ見栄。見える見栄。なんつって」
「……」
「だってダサいじゃん。竹取の翁がだよ? かぐや姫を見つけるところから物語始まんのにさ、見つけられないってマジナンセンス。演技もダルいしさ、一日中ウノしてたいよな」
「それは共感できませんよ」
急に砕けた口調になった竹取の翁は、反抗期を迎えた男子高校生のように見えた。これも見栄なのだろうか。翁の背中は年齢の割に小さく見えた。
どんどん竹林の中に入っていく。人がひとり通れるくらい小径があって、奥に進むに連れて両脇にはびっしりと隙間なく竹が生えていた。それはもう竹で出来た壁のようだった。
「こんなに竹って生えるものなんですね」
「そうだよ、竹は生えれば生えるほどいい。今年は竹狩りも少なかったしな」
翁は竹をなぞりながら歩いている。濃密に生えている竹藪に一際高く聳える竹の先端付近がまた光っている。これも見栄のためだと思うと目の前の翁も哀れだ。
「あんなところまで細工しなくてもいいと思いますけど」
「なんのことだ? 細工したのはさっきの竹ひとつだけだ」
「え、いやほら、あそこ」と僕は光っている竹を指さす。
翁はそれを見た途端目をかっと開き「本物だ!」と叫んだ。
「本物?」
「そうに違いない! いるんだよあそこに、かぐや姫が!」
竹取の翁は、竹取に相応しくナタのようなものを腰袋から取り出して竹をかき分けながら藪へと消えていった。
僕は追わずに、消えゆく翁を見送った。
探しものが見つかってよかったじゃないか。
「あ、僕にヒントを言わずに行ってしまった」
ま、いいかと思い僕は小径を進んで行った。
探しものを探しているうちはたいてい見つからないものなのだ。
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