10人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「……ちょっと、トイレ……」
酔いが回りだした旦那は、時折ふらつきながらトイレへと向かった。
相当なアルコールを飲んだから小水も溜まっているだろう。
寝起きの脱水の身体を、運動でさらに脱水にさせてアルコールを流し込む。
アルコールはさらに体の水分を奪いながら体外にでてゆく。
つまり、旦那の身体の中では脱水で水分を奪われ粘稠度を増した血液が、コレステロールまみれのボコボコ血管をかけめぐっているのだ。
果たして、これからどんなことが起こるのだろうか。
あー楽しくて仕方ない。
私は笑いが漏れないように口を手で覆った。
ドッターンッ
トイレの中でものすごい音が聞こえた。
私はワクワクを抑えトイレの扉を開ける。
扉に寄りかかるようにして倒れた旦那がゴロンと転がってきた。
「あ、あ、あ、」
よだれを垂らして右半身が痙攣していた。
意識があるのかないのかわからないが、言葉にならない声でうなっていた。
私は面白い理科の実験をしている気分でそれを観察する。
明らかに旦那の半身の様子がおかしい。
「ああ、これは脳梗塞、かな」
やった、成功した!
やっと私は自由になれる!
思わず私はガッツポーズをした。
倒れている旦那の横で私は高笑いが止まらない。
目じりの涙をぬぐって旦那を覗き込む。
「悟さん、聞こえる? 私がいままでどんな思いで生活をしてきたかわかる?
支配されて脅えながら過ごしていたと思う? 違うのよ。燃えるような怒りしかなかったの」
私は続ける。
「私はちゃんと料理の勉強をしていたのよ。
あなたの血管が早くボロボロになるようにって、食事には気を遣ってきたんだから。塩分計算をして毎日15gを目標に、油がべっとりの食品を美味しく食べてもらえるように。ここまで5年かかったわ」
私は再び高笑いして風呂へと向かった。
ウォーキングでかいた汗を流すのだ。
旦那がトイレで倒れている間、私は風呂に入っていて気が付かなかった。
救急隊にはそう伝えよう。
今日のバスタイムは極上気分だろう。
綺麗な湯にゆっくり浸かれる。
私は長年の怒りで疲れているのだから。
それでいい、それでいいんだ。
ー完ー
最初のコメントを投稿しよう!