王様から逃げたい私は賢い料理人になりました

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「……ちょっと、トイレ……」 酔いが回りだした旦那は、時折ふらつきながらトイレへと向かった。 相当なアルコールを飲んだから小水も溜まっているだろう。 寝起きの脱水の身体を、運動でさらに脱水にさせてアルコールを流し込む。 アルコールはさらに体の水分を奪いながら体外にでてゆく。 つまり、旦那の身体の中では脱水で水分を奪われ粘稠度を増した血液が、コレステロールまみれのボコボコ血管をかけめぐっているのだ。 果たして、これからどんなことが起こるのだろうか。 あー楽しくて仕方ない。 私は笑いが漏れないように口を手で覆った。 ドッターンッ トイレの中でものすごい音が聞こえた。 私はワクワクを抑えトイレの扉を開ける。 扉に寄りかかるようにして倒れた旦那がゴロンと転がってきた。 「あ、あ、あ、」 よだれを垂らして右半身が痙攣していた。 意識があるのかないのかわからないが、言葉にならない声でうなっていた。 私は面白い理科の実験をしている気分でそれを観察する。 明らかに旦那の半身の様子がおかしい。 「ああ、これは脳梗塞、かな」 やった、成功した! やっと私は自由になれる! 思わず私はガッツポーズをした。 倒れている旦那の横で私は高笑いが止まらない。 目じりの涙をぬぐって旦那を覗き込む。 「悟さん、聞こえる? 私がいままでどんな思いで生活をしてきたかわかる? 支配されて脅えながら過ごしていたと思う? 違うのよ。燃えるような怒りしかなかったの」 私は続ける。 「私はちゃんと料理の勉強をしていたのよ。 あなたの血管が早くボロボロになるようにって、食事には気を遣ってきたんだから。塩分計算をして毎日15gを目標に、油がべっとりの食品を美味しく食べてもらえるように。ここまで5年かかったわ」 私は再び高笑いして風呂へと向かった。 ウォーキングでかいた汗を流すのだ。 旦那がトイレで倒れている間、私は風呂に入っていて気が付かなかった。 救急隊にはそう伝えよう。 今日のバスタイムは極上気分だろう。 綺麗な湯にゆっくり浸かれる。 私は長年の怒りで疲れているのだから。 それでいい、それでいいんだ。            ー完ー
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