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「どこ行ったんだろ……」
思わず独りごちてしまう。かれこれ20分くらい、私はイヤリングを探していた。
赤紫の石がついた、小ぶりなイヤリング。ねじ式のものはそうそう落とさないのに、耳に挟むだけのそれを今日はどうしてだか身につけたくなったのだ。
「出てこーい……」
もちろん出てくるわけはないけどつぶやいてしまう。
トイレに入った時に洗面台の鏡でついてない事に気づいたから、その前に行ったところ……と考えてこの自販機前の休憩コーナーで自販機の下を見たり、イスの下を見たり。どこにもない。
ああ、貴重な休憩時間が。
幸いにして休憩コーナーには誰もいない。お昼時間は賑わうが、時間はすでに13時半になろうとしている。今日は電話番だったから休憩をとるのが1時間遅れ。
女子社員から「悪しき風習」と言われているこの電話番、12時から13時までに当番の女子社員が受付に座ってとにかくかかってきた電話を全てとるのだ。ワンフロアにも満たない小さな会社で何を見栄張っているんだか、留守番電話サービスでいいじゃない、働き方改革に逆行している、などといった愚痴は役員のおじいちゃんたちに「まあまあ」と色んな言い訳とともになし崩しにされ、なかった事にされてきた。
外は雨が降り続き、床に這いつくばってイヤリングを探す自分の姿が窓に夜のように映っていた。
だんだんストレスたまってきた。
くっそう、と心の中でつぶやく。
「何してるのー?」
振り返ると「お局さん」と陰で言われている中年女性が立っていた。姉御肌で面倒見がいいのはありがたいんだけど、声が大きく顔も広く口は軽い。ちょっと苦手な人種。
「イヤリング落としちゃって」
「あらー、彼氏とホテルに行った時にでも忘れてきたんじゃない?」
「…………」
失礼な物言いに閉口してしまう。しかし相手は返事を待ってるみたいだ。小さく「彼氏、いません!あと今朝もつけてました!」というと「へー」と興味あるんだかないんだか適当な相づちを返された。
「見つかるといいね、手伝ってあげたいけど私急ぐからー」
そうして彼女は手伝ってくれるでもなく自販機でコーヒーだけ買って去っていった。
「くっそぅ!」
今度は声に出す。
女の敵は女、パターンだ。なんなんだもう、ストレスたまっただけじゃないか!
昼休みは……あと10分もない。
「お気に入りだったのになぁ……」
イヤリングは友達と出かけたときに買ったもので、「かわいいね!似合ってる!」と褒められて気に入っていた。その思い出が「彼氏とホテル」というワードに汚された気がする。
「はぁー」
私はイスにかけてため息をついた。
お局さんに見つかるんじゃなかった。
イヤリングが見つかっても、着けるたびに今日の嫌な思い出がよみがえりそうだ。最悪。
しょうがない、そろそろ部署に戻るか……。
あと今日は帰る前にビール買うかな。雨、止まないな。駅チカに寄ろうかな。ちょっといいおつまみ買っちゃおうかな。
などと窓の外を見ながら考えていたものだから、私は後ろから近づいてくる足音に気づかなかった。
「木村さん、イヤリング落としたって?」
振り返ると、そこに立っていたのは営業部の江本主任だった。2個上で、背が高くて、貴重な独身男性とあって周りの女子社員がキャーキャー言っているイケメンだ。まあどうせ彼女いるんでしょと思って冷めた目で見ていた私は、けれど彼の動向を気がつくと目で追っていて、たまに目が合うとその日テンションが上がって、しっかり存在を意識していた。付き合えたらとかじゃなくて、テレビの中のアイドルみたいな距離感で接している。なんせ外回りが多いから滅多に社内にいないのだ。
「どんなの?」
「あ、えと、これと同じやつ……です」
自然に隣に座った彼に右耳に残っているイヤリングを見せる。顔が近づいて胸の動悸が早くなる。
「小さいやつだね」
「そ、そうなんです。だからなかなか見つからなくって」
間抜けな返事。もうちょい上手く話せないものかと思ったけど端正な顔立ちがすぐそばにあってそれどころじゃない。
「自販機の下は?」
「もう見た、見ました」
「あとは――あっ」
急に江本主任が二三歩進んでしゃがみ、何かを拾い上げた。
「見つけた」
「うっそぉー!」
そこは何度も見たはずなのに。
「ちょうど床の模様とかぶってて見づらかったんだね」
言われてみればそこは、休憩コーナーと廊下の境目で、床の模様が切り替わる場所だった。廊下は黒に近い紫で少しイヤリングと似ている。
「はい」
手を差し出す彼。
そこから取れ、ということか。
「ありがとうございますぅー!」
照れ隠しにちょっと大げさに言って、イヤリングをつまむ。指先が彼の手のひらに触れる。
少し固い感触。
いつも目で追うだけだったのに触れてしまった。
「あ、すみません、忙しかったんじゃないですか?」
時計を見ると13時55分。
「いや、ちょうど次の打ち合わせまで時間空いてたから大丈夫。木村さんは昼当番だったんだね。お疲れ様」
いえいえーと言いながら、私はイヤリングをつけた。
「似合ってるね」
なんて彼が言って微笑んでくれる。
普段ないこと目白押しですでに私はキャパオーバーしていた。真正面からそんな微笑みを見れるなんてここは天国ですか。今夜はその笑顔を思い出しながら祝杯をあげます!ありがとうございます!
「あ、でももうなくすの嫌だから、バッグにしまっとこうかな、あはは」
「つけておきなよ」
見上げた彼の表情が一瞬、真顔になる。
「また一緒に探してあげるから」
フリーズ。
それは、どういう意味ですか。
もう脳内で処理しきれません。
「あ……そろそろ戻らなきゃ。ホントありがとうございました!!」
「あ、ちょっと待って……あのさ」
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