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外傷もなく身体の調子もとりあえずは大丈夫と診断され、汐見は退院となった。 翌日になり、汐見は帰宅することになった。
正確に言えば麻人が常に傍に付いているのだが、汐見には見えていないため一人で帰ってきたと思っている。
「麻人くーん! 私、退院して帰ってきたよー」
「・・・」
麻人は汐見のすぐ後ろにいるため、当然だが家の中から返事があるわけがなかった。
「麻人くんー? 寝てるのかなぁ・・・?」
暗い部屋に汐見の声だけが寂しく響く。 汐見にとっては久しぶりとなる帰宅だが、麻人のいないそこは物寂しく感じられた。
「・・・汐見、俺はここにいるよ」
部屋の中を期待を込めて探す汐見を見て、つい口から言葉が零れていた。
「大学にでも行っているのかなぁ? 麻人くんは今日講義があったっけ・・・」
「あるけど、汐見の方が大事に決まっているだろ」
何を言っても麻人の声は汐見には届かない。
「もう、麻人くんどこにいるのー?」
汐見は部屋の奥へと入っていく。 あまり近くにいると、汐見が麻人とぶつかってこけそうになるという事態が何度か発生したため、距離を置かざるを得なかった。
―――それでも何かあれば、すぐに身体を支えに行けるから。
まだ汐見の身体は万全ではないだろうから注意していた。
「私元気になったよー? 喧嘩しているつもりなんてなかったから、気にしないでほしいの」
寝室や居間に麻人がいないことを確認する。 念のためトイレや風呂場も確認していた。
「・・・どこにもいない・・・」
今もなお麻人は後ろで汐見のことを見守っている。 元気だった汐見の声が徐々に弱々しく沈んでいった。
「・・・私、何かしちゃったのかな? やっぱり身体が弱くてよく入院するから、嫌に思っちゃった?」
「そんなわけがないだろう」
「麻人くん・・・」
午前中だというのにカーテンを開けないまま薄暗い寝室で一人ベッドに座る汐見。 そう呟いているのを見ると麻人も逆に泣きそうになった。
「汐見・・・」
今度は麻人が名を呼び汐見の隣に腰を下ろす。 本当は駄目なのだが汐見の肩を優しく支えた。
「・・・どうか、怖がらないで」
汐見からしてみれば心霊現象。 だがどうしてもそうしたいという欲求に抗えなかった。 しかし汐見はそれでも気が付かない。
「麻人くん、どこへ行っちゃったんだろう? ・・・それとも本当に、今も見えないだけで傍にいるの?」
「・・・あぁ。 ずっとここにいるよ」
麻人の声が届かないということは、汐見には何も聞こえていないということ。 汐見の目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「声が聞こえないから分かんないよ。 見えないからいるのかも分かんないよ。 ・・・麻人くんに触れたいよ」
「汐見・・・」
その言葉に合わせて手を握ってみる。 だがやはり汐見は無反応だ。
―――・・・姿が見えないだけじゃなく、俺が今触れていることも感じ取れないだなんて。
―――どうして神様は、俺たちにそんな酷いことをしたんだよ・・・。
「どうしてこんなことになっちゃったの・・・? 神様、酷いよ・・・」
「ッ・・・」
いきなり“神様”という単語が出てシンクロしたような気がして驚いた。
「そうだ・・・」
汐見は涙を拭うとおもむろに立ち上がり玄関へと移動した。
「もしかしたら大学へ行っているのかも」
まだ身体は万全とは言えず、靴を履いて立ち上がろうとしたところで汐見はよろめいた。
「わッ・・・」
「汐見!!」
「・・・あれ? 倒れなかった・・・」
そんな汐見を支えて一緒に玄関をくぐる。
―――・・・俺、何をやっているんだろうな。
すぐ傍にいるというのに自分のことを一緒に探しにいく。 それに何だか妙な感覚を覚えた。 行く先の大学でも麻人を見つけることはできないのだから。
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