見えない本命、見える二番目

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「倒れたって聞いたけど、もう大丈夫なのか?」 大学へ入ると最悪なタイミングで最悪な相手と出会ってしまった。 汐見の元カレの令仁(レイジ)だ。 ―――なんて間の悪い・・・。 汐見がぶつからないよう麻人が離れて歩いているのが悪かった。 その妙に開いた距離を不審に思った友達に話しかけられてしまい、相手をしているうちに汐見との距離が更に開いてしまったのだ。  慌てて駆け付けようかと思ったが時既に遅し。 同じ大学へ通う令仁に話しかけてくるなとは言えないし、汐見は麻人のことを認識していない。 ―――汐見の体調を心配してくれているから、本当は感謝するべきなのかもしれない。 ―――だけど今は会いたくなかった。 「あー、うん。 大丈夫なような、大丈夫じゃないような・・・」 その言葉を聞き令仁は険しく目を細めた。 彼が現在の汐見の状態をどこまで把握しているのかは知らないが、病み上がりに一人で歩いているように見えたのだろう。  令仁と麻人にはほとんど接点がなかったのだから。 ―――・・・それでも俺には、どうすることもできないから。 始まった二人の会話を止める術を麻人は持たない。 だがそれは少しばかり一方的なものであった。 「一度は愛した女が悩んでいて見過ごせるかよ。 話してみなよ。 そしたらスッキリするかもしれないぜ?」 「あー、いや、本当に大丈夫なんだけど」 彼女は所在なさ気に視線を彷徨わせている。 ―――俺は汐見から令仁のこういうところが嫌だったということを聞いている。 ―――強引で独りよがり、相手のことを思っているようで実はただ格好付けたいだけ。 麻人としても見ていて汐見の言いたいことは何となく分かる。 令仁は髪をかき上げ確かに存分に格好付けていた。 ―――・・・ただイケメンなところだけはズルい。 それが様となっているため、こういうのを好む女の子からしたらたまらないのだろう。 「何もかもにも嫌になったなら、俺が優しく包み込んでやる。 もしよかったらよりを戻してやってもいい」 「・・・」 汐見が困っているのは間違いないと思った。 本当はあまり手を出したくないと思っていた。 汐見にかかる心労をより大きくしてしまうだろうから。 ―――・・・でもこれ以上は黙って見ていられない。 自分が手を出すことよりも、令仁に絡まれることの方が精神への負担になってしまう。 汐見の近くに歩み寄ると令仁に向かって言った。 「汐見は病み上がりなんだ。 心配してくれるのは有難いけど、できればそっとしておいてくれないか?」 「は? お前、誰だよ? 俺とコイツが今話してんのに、しゃしゃり出てくんなよ」 麻人は令仁のことを知っているが、令仁は麻人のことを全く知らない様子だ。 「汐見と現在付き合っている麻人です」 「彼氏ぃ? そうは見えないけどなぁ」 令仁は汐見と麻人のことを見比べている。 その空いた距離感。 彼女が何も言わないこと。 そういうことから麻人が嘘をついて彼女を助けようとでもしていると判断したのだろう。 「なぁ、汐見。 コイツって本当に彼氏? 付き合ってんの?」 「・・・」 汐見はゆっくりと振り返った。 当然汐見には麻人のことが見えていない。 “コイツ”と言われて何となくその辺りに視線を向けているが、瞳孔の動きから明らかにこちらが見えている雰囲気ではない。 ―――・・・やっぱり、俺の姿は見えないよな。 そうなれば彼女自身の様子からよくないことになると思ったその時だった。 身体に軽い衝撃が走る。 「・・・付き合ってるよ。 麻人くんのことが世界で一番好きだから」 柔らかな温もりに甘い香り。 腕の中には汐見が納まっていて、ぎゅっと抱き締められている。 正直どのような顔をして今の時間を挟持すればいいのか麻人には分からない。  だがそんな様子を見ては令仁は諦めざるを得なかったようだ。   「・・・ちッ」 そう言って唾を吐き捨てると令仁は背中を向けて去っていった。 そうなると訳が分からないのが麻人だ。 「汐見・・・? 俺のこと、見えているのか・・・?」 「・・・」 「俺のことが分かるように・・・」 「麻人くんなら、私の傍にいてくれているはず。 守ってくれているはず」 「ッ・・・」 「たとえ見えなくても、その手のぬくもりを感じられなくても、私は麻人くんが大好きだから」 どうやらまだ見えるようにはなっていないらしい。 だからこそ嬉しかった。 見えなくて不安だろうに信じてくれたことが嬉しかった。 彼女を抱きかかえてみせる。  汐見からしたら突然身体が浮きあがったように感じているはずだ。 「わわッ!?」 「たとえ見えていなくても、俺がずっと守り続けていくから・・・!」 でもいつかは姿が見えるようになりますように。 精神的な問題なら今以上に汐見を愛し安心させてあげることが大事だと思った。 きっと安心し信頼してくれたら見えるようになるだろう。  麻人は汐見の傍に寄り添い、ずっとその日を待つことに決めたのだ。                              -END-
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