17人が本棚に入れています
本棚に追加
ノブさんは膝に手をついて、前屈みでこちらを覗き込んでいた。
「源さん。生きとったか」
冗談とも取れぬ軽口を叩いて、ニヤリと満面のしわを引いた。わずかに残った乱杭歯が口元から溢れ出し、その奥に粘り気のある果てしない闇が見えた。
気難し屋のノブさんが笑っている。さては、なにかよほど良いことがあったのか。
南部は玄関戸を開け放ち、布団の上にあぐらをかいたままボリボリと頭を掻いた。
「なんやノブさんかいな。えらいご機嫌やん」
「今日はちょっと頼みごとがあって来てん」
その物言いに、南部はよけいなことに巻き込まれると直感した。問い返す間もなく、ノブさんは前屈みのまま首だけで後ろを振り向いた。
「かまへんて言うてるわ。出てきぃ」
何がかまへん、のかは分からない。一言も頼みを聞くとは言っていない。
不安が的中するかのように、ノブさんの足元で黒い影が揺れた。
次の瞬間、見慣れない若い男が屋根の下に滑り込んできた。
最初のコメントを投稿しよう!