思い出

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「ねぇ?覚えている?私とあなたが高校生の頃、映画に行ったのよ。 あなたがあんまり興味ないって言っていた恋愛映画。私のわがままで見に行かせてしまったけど、あなた物凄い涙流して見てたのよ。その時の顔可愛かったな。。 またね!」 女は去って行った。 へー、俺が映画を見て泣いたことって今までないと思ったけど 泣いたことあったんだ。初めて知った。。 ―翌日― 「ねぇ?覚えている?私とあなたが付き合い始めてまだ一か月よ 喧嘩したのよ、殴り合いとかではないけどね(笑)、その原因知っている?本当にくだらない!くだらなすぎたのよ。」 へー、どんな原因なんだ? 「その原因がね、パンにバターを塗るか、マーガリンを塗るかたったのそれだけのことよ そんなことに三時間くらい言い争いが行われて、結局どっちも美味しいってことで和解して終わったのよ。凄い時間の無駄とは思ったけど、何だかんだあの時間も楽しかったかもね。 じゃ、またね!」 女は去って行った。 どんな喧嘩の内容だよ!それ(笑) まぁ、そのぐらいで喧嘩できるほどとても仲の良い夫婦だったんだろうな。 俺もこのぐらい仲の良い夫婦でいたいって今に思うよ。。 ってなんて悲しい思いしてるんだ俺は。俺だって楽しい思い出があったはずだ。 思い出せ、思い出せーーー。。。 やっぱり思い出せないや。 ―翌日― また昨日と同じ女がやってきた。 「ねぇ?覚えている?あなたとレストランに行ったとき、食い逃げが起こったのよ。 いかにも足が速そうな高校生くらいの男の子だったわね。 だけど、あなたは自慢の脚力を使って高校生の子を捕まえて説教し始めたの。 お金を払わないとは作ったお店の人に迷惑だろう! 払わないのなら警察を呼んでお前の学校、両親に多大な迷惑をかけることになるぞ! って大声で怒鳴り散らしたの。 そしたら、その高校生は「お金がないんです。。許してください、」って涙流しながら土下座していたわ。あなた流石に怒りすぎたと思ったのか分からないけど。 高校生の分まで食事代払っちゃって物凄い優しい人だなって思ったの! じゃ、また今度ね」 女はまた去って行った。 そんな怒鳴りつけるほどの男だったっけ? まぁそんな俺の知らない一面が聞けて嬉しいけど、少し恥ずかしい話だ(笑) 確かに、俺は昔高校生の頃陸上部のエース、大会で一位を何回か取ったことあるしな。 後輩のマネージャーに可愛い子が来たって噂があったから思い切って告白したら なんと成功してしまった!周りの奴らに押されて、、よくないなー俺。 けど、映画行ったり、ご飯食べたり、楽しかったな。。 映画。。なんか覚えているかも。 恋愛映画があまり好きではなくて、嫌々言っていたけど無理やり見せられて、、 あと、、何かあったはずだ。ダメだこれしか思い出せない。 でも、あともう少しで思い出せそうな。 ―翌日― 「ねぇ?覚えている?今日は娘の玲子も呼んできたよ。 玲子、これお父さん」 「お父さん、私だよ、玲子だよ。」 玲子?玲子なのか!?久しぶりに会って早く顔が見たい。どんな顔をしているのかな? 一人暮らしで大変かもしれないけど、よくここまで来てくれた。ありがとう。 こんな暗闇の視界ばかりの毎日なんか嫌だ。早く、顔を見せてくれ。。 私は娘の思い出は覚えている。物凄く親バカだった。とてつもない愛情を注いで育ててしまった。結局それが悪い結果にはなってしまったけど。 「玲子、何か思い出話でもしてやって。」 「お父さん、私が高校生の頃かな、タバコ吸って退学されそうになった話分かる?」 ああ、覚えている。あの頃の玲子は荒れていた時期があった。友達絡みもひどい奴多かったしな。。 「まだ、お父さん、仕事の最中なのに学校に駆け寄って先生に土下座するほど謝ってたもん、退学だけは勘弁してください。勘弁してください。 って。その時私は黙ってみるしかなかった。 その後も、私から謝りに行くのも何だか気まずくてできなかった。 それでも、タバコは吸わないようにって優しく注意するだけで終わった。 高校卒業して、社会人として働くことになったけど、謝ることってとても大事なことなんだと初めて知った。だから、あの時にすぐに謝っとけばよかったんだと凄い後悔している。 だから、今この場を借りてあの日の謝罪をさせていただきます。 本当に申し訳ありませんでした。そして、こんなどうしようもない私を社会人になるまでちゃんと育ててくれたことに感謝しています。ありがとう。お父さん。」 あー、初めて娘から感謝された。まさかあの半ぐれ小娘が大人になって社会人で働いているんだ。凄いじゃないか。玲子。 もちろん、この言葉も玲子には届かない。 伝えたいけど、言葉が出ない。苦しい。苦しい。 口の中から汚物を吐き出したくなるほど、心の中がぐちゃぐちゃで苦しい。 「じゃ、また、来るね」 玲子と女は去って行った。 ―次の日、またその次の日と同じ女がやって来ては、思い出話を語る。 その思い出話を点と点でつなぎ合わせて記憶を遡って答えが少しずつ分かってきた。 女の名前は「直美」だ。 思い出せた!ようやく思い出せた!私の愛する妻?多分そうである人の名前が! 「じゃ、また明日ね。。」 直美が帰ろうとした時、私はこのままでは思い出した名前を明日になってしまったら忘れてしまうのではないか、男は全神経を口と喉に宿した。 「な、、ぉ、、」 女が静かに振り返る、まるでホラー映画の後ろから霊の気配が来てゆっくり振り返るあのお決まりパターンのようであった。 「な、、ぉ、、ぃ」 女は驚いた表情でこちらに近づく、「もっと、頑張ってあなた!」 ぎゅっと私の手を握って涙を流しながら応援し続ける。 「頑張って、頑張って!」 もう少しで伝わる気がする。俺はさらに神経を研ぎら。 「な、お、み。。」 言えた。言葉が喋れた、口を動かすことができた。 植物状態で迷路のような暗闇の中をずっと彷徨っていた男は毎日毎日思い出話を聞くことで小さな抜け道を一つだけ見つけることができた。 それは、妻の名前。 とっても大事な人の名前、娘の名前には勝てないけどね(笑) 後から知ったんだけど、俺ってバツイチだったんだね。。
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