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そう言いながら彼の指先が、器用に俺のネクタイを緩め解いた。俺は一つ呼吸を置いてから、ゆっくりと己のシャツのボタンに指を掛ける。一つ一つ丁寧にボタンを外す指先を、志村はじっと見守り、時折「どうした?」という目で俺を見つめては「さっさとしろ」と、視線で急かす。ボタンを取り去ると、制服の上着を脱がされ、空いたシャツの間から、彼の大きな手が滑り込んでくる。重なる皮膚の間に摩擦が起きて、微かに熱い。脇腹や胸を辿り、鎖骨の形を指がなぞる指先。喉元に手が掛かると、このまま絞められたら……と言う妄想に支配された。
しかし、志村の手は何処までも、善意的で優しかった。
「嫌な事は?」
「……」
今の俺に何かを拒む権利はあるのだろうか。そう思うと、俺は黙る他なく、しかしそれを志村は許さず「言え」と、コマンドを重ねた。俺はその質問に首を横に振って、
「特にない」
と答える。今までの事を考えれば、何をされても文句は言えない。拒む権利などない。
俺は今更になって、何故これを受け入れたのだろうと自問自答する。罪悪感からか、記憶と重なった彼等に対する恐怖からか、それとも他の何かか。しかし、もう考える思考力はどこからも湧き上がって来ない。
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