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見上げた天井は、照明がないせいで暗く淀んでいた。
ここはどこだろう。
見慣れない天井を前に、ぼんやりとそんな事を考えていると、
「気づいたか?」
と声がして、視界を巡らせる。
「お前……」
だれ?
そう聞きそうになって、闇に慣れた視界の中で見つけた志村に、思わず言葉を引っ込めて飛び起きる。
「一応汚れた個所は綺麗にしたはずだけど」
そう言いながら手の中にあるタオルを、指先で弄ぶ。俺は思わず後退り、手元の柔らかさに自分の居場所を確認するように辺りを見渡した。
そこは俺の知らない場所だった。
ベッドが一台、壁に沿って置かれた机に、長方形の窓にはブラインドが掛かり、外からの光を遮断している。
志村はふと立ち上がると、そのブラインドを開いて、外の微かな明かりを部屋へと流し込む。半月の弱い光だけが小さな部屋を照らすと、闇に溶けていたディテールが見えてくる。壁に掛かったブレザーや、机に乗っている時計や照明、椅子に掛かった学生鞄。群青色に染まりながら、静かに佇む物たちは、息を殺す深海魚のようだった。
「俺の家。あのまま置いていけないから……。ちょっと待ってて、送るから」
そう言いながら志村はタオルを手に部屋を出て行った。静かに閉まる扉を見送ってから、いつの間にか緊張していた肩を下ろすと、俺は浅く息を吐いて、壁に這い寄り背中を預けた。
なんだこれ。どうなってんだ。捨て置いていけばいいのに。なんでこいつは一々面倒なものを拾い上げてるんだ?
意味が分からない。
滲むように記憶が蘇って、その姿形をはっきりとさせていくと、彼を責める一方で、確実に与えられてしまったサブとしての快楽までもが蘇ってくる。細胞が湧き立つように、あの時感じた手放したくない快楽が今もはっきりと身体に刻まれている。
俺はシャツの上から腕を摩り、その感覚を払い落とそうとした。けれど、刻み込まれた快楽の根は深い。
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